編集長コラム

再び問う!何のための「地域振興」か?体験型農業を活用した、食・農・観光一体型地域振興について考える

文・毛賀澤明宏
前掲記事の論旨と全国から届いた意見
 本誌28号掲載の拙稿「論説・何のための『農泊』か?」に様々な意見をいただいた。

 それにも新たな刺激を受けながら、「農泊」「地方創生」のキーワードの下、全国的に「活性化」している食・農・観光の一体型地域振興について再び考えてみたい。

前掲「論説・何のための『農泊』か?」の論旨は以下のようなものである。

1.国の「農泊」「地方創生」などの施策も関係して、全国的に食・農・観光を一体的整備振興する取り組みが注目を浴びており、旅行・出版・広告・人材派遣などの中央の大手企業が、子会社を作ったり、プロジェクトリーダーを派遣するなどして、行政と連携してそれに積極的に関わっている。

2.しかし、それらのすべてとは言わないが、かなりの場合が、農業や地域づくりの実際の経験も知識も乏しいにも関わらず、地域にある食と農と観光の「資源」を「うまく」つなぎ合わせて社会的耳目を引く形で発信すれば、訪問客が増え、移住定住者も増え、地域も元気になるはずだ―という、ある種の「絵空事」を吹聴しているように見える。

3.実際、「農泊」「地方創生」のディベロッパーのごとくふるまっている人々の事業計画を紐解くと、そこには、農産物の価格低迷、遊休農地の増大、高齢化と後継者不足、地域伝統食の継承やオーナー制・農家民泊などに関わってきた農家が疲弊してしまっていること……などの地域が直面している難問には何一つ向き合っていない(場合によっては「それはその地域の人々が考え解決するべきこと」として扱っている)ことがほとんどだ。

4.これらの地域の問題は以前から指摘されてきたことであり、また、多かれ少なかれ、それらの解決を目指してその地域の人々が苦労を重ねてきた―しかし上手く打開できてきていない―テーマだ。この状況を内部からいかに乗り越えていくか、その力をどう作るかが核心問題であるはずなのに、その点に触れていないのはいかがなものか。また、このような大手企業の提示する「町づくり計画」や「里山づくり計画」を受け入れてしまうのは、それを歓迎する地方自治体側にも問題があるのではないか。

5.現在の、食と農と観光の一体型地域振興のキーワードとして「コト消費」という言葉が用いられている。地産地消の直売運動の中では以前より「モノを売るのではなく、コトを売れ」と言われてきた。生産の結果生み出される「モノ」ではなく、この「モノ」を作り出すプロセスそのもの(コト)を共有できるように「売れ」という意味だ。しかし、現在使用されている「コト消費」という用語は、「モノを作るプロセスを共有する」のではなく、あらかじめ「コト」の外側に消費者や観光客を位置づけ、ただ「コト」を消費するだけの人にしてはいないか?ここに視点のすれ違いの理論的淵源があるのではないか?

―論旨要約が長くなって恐縮だが、およそ以上であった。

 これに対して多くご意見・ご感想をいただいたが、そのほとんどは「我が意を得たり」とも言うべき賛同であり、全国各地に同じような事態が広がっていることを実感させられた。「基本的に同感だが、大手企業の力も借りなければ地方は存続できなくなっていることも事実で、地域振興に関心を持つ中央企業との連携・協働の在り方を考えるべきではないのか」という意見も複数あり、意見交換を重ねてきている。

 また、大手企業から特定地域に派遣されているプロジェクトリーダーからも「地元の人にあらかじめ警戒線を張られていて、なぜかと思っていたが、自分たちがどういう点を考えなければいけないか気付かされた」という声が寄せられた。同様の趣旨のものは合計3件ほどあり、筆者としてはうれしかった。
何のための「地域づくり「農泊」か?」
 問題を分かりやすくするために、誤解を恐れず、筆者の意見を簡単にまとめてしまえば、以下のようになる。

1.「消滅の危機」さえ指摘される中山間地や離島沿岸部の農山漁業集落を維持するためには、地域資源を活用した食と農と観光の一体的発展(広義の6次産業化)以外に方法はない。それを推進することが先決であり、国や自治体の支援、大手企業の協力・支援も必要だ。

2.こうした「地域づくり」事業の【目的】は、あくまで、地域・集落の維持発展であり、その【手法】は、第一次産業を基軸にした直売・加工、食提供や農業加工体験事業との複合化であり、その【主体】は地域住民とそれをサポートする人々・企業である。

3.ところが現在大手企業の主導の下に各地で進められている「地域づくり」は、地域や集落の維持発展よりも、サポートする企業や団体の収益やその他の事情が優先されていたり(【目的】)、一次産業を基軸に据えた二次×三次の複合化というよりも、人々の耳目を集め、人を集められる観光スポットづくりやイベントが中軸になり、農や食はそのためのお飾りのように扱われるという転倒が起きており(【手法】)、しかもそれらを進める基本的推進力は外部からの投入されるプロジェクトチームが柱で、地元民はその指示の下に動く下請け実働部隊のように位置付けられている(【主体】)―という逆立ちした状況が生まれている。すべてが、とは言わないまでも、かなり多くの事例がそうなってはいないだろうか?―これでは何のための「地域づくり」であり、何のための「農泊」なのか?
新浮上する、「地域づくり」「町づくり」のカタチ
 およそ以上のような考えに基づき、前掲論説記事に寄せられた多くの反響に学び、意見交換をする中で、大手企業主導のものとは別の「地域づくり」「町づくり」のカタチがあることも分かってきた。それについて以下考察してみたい。
大学社会学講座のワークショップの延長
 一つは、大手企業ではなく、さまざまな大学の社会学とか地域ブランド学、都市デザイン・農村デザイン学などの研究グループが、単体で、あるいは自治体と連携するなどして、「地方創生」「農泊」などの「地域づくり」の企画運営に関わっているパターンである。

 もちろん、大学(あるいはそれと類似の研究機関)が、地域の状況に関心を持ち、それを研究して、次の地域の在り方に関する仮説を立てることは歓迎するべきだろう。地域はその研究に大いに協力するべきだし、国・文科省もその資金的支援を進めるべきだと思う。

 しかし、こうした大学の研究活動からは、地域振興はかくあるべきという学説は導き出せたとしても、それを具体的に持続可能な事業として形にしていくこと、つまり「地域づくり」を実際に進めることは困難だと思われる。端的に言って、ほとんどの場合、指導する大学教授に、基軸となる一次産業のノウハウはないし、加工や販売、農業体験や宿泊業の経験もない。ましてその教え子たちは、まだまだ就職以前の社会経験のない若者たちだからだ。

 大学の研究費削減が続く中で、文科省の予算だけでなく農水省や国交省、経産省などの予算も獲得しなければ研究も成り立たないという事情もあり、地域の現場に関わろうとすることは理解できないわけではないが、とにかく、大学研究機関が教育研究のために地域に入ってくるという次元の問題と、地域が直面している問題を具体的に解決し、地域づくりを進めるという次元の問題は明かに位相が異なる。後者の次元の問題は、やはり当該地域の人々が―協力してくれる大学研究機関の力を借りながら―自ら事業として進めるべきことがらであり、この種の問題解決を、「他力本願」よろしく、大学やそれに類するグループに委ねてしまうことは本末転倒だと言わねばならないだろう。
成功事例の「移植」という発想の陥穽
 二つ目には、特にJAのファーマーズマーケットグループに散見される、日本でも著名な大型直売所の成功事例を「移植」して、食と農と地域交流の拠点を作ろうとする取り組みパターンである。

 JAファーマーズマーケットは大小さまざま、全国で1700店舗あると言われるが、その中でも特に、「食と農と交流の拠点」と呼ばれる大型店の新設に当たって、農産物・鮮魚・精肉の各コーナーを持つ直売所、バイキングレストラン、フードコート、加工所、加工体験施設、農業体験施設で構成される複合施設を、パッケージで設置する事例が多くなってきている。

 こうした取り組みは、伊都彩々(福岡県)や、さいさいきてや(愛媛県)に代表される大成長を遂げた複合店を見本にして、各都道府県に1~2店舗のフラッグ店をつくるという「地域づくり」の計画に基づいていると思われる。しかし、実際にこれらの新設大型店の現場で話を聞くと、直売所、レストラン、フードコート、加工所、加工体験施設、農業体験施設などを、セットで設置することはあらかじめ既定方針となっているが、それぞれの施設でそれぞれの事業をどのように進めるかについては、マニュアルの骨筋のようなものがあるだけで、具体的には詰め切れないまま、施設建設・オープンにまで進んでしまうことが少なからずあるようである。

 ひとことで言えば「箱物主義」的になってきているわけだが、それに気が付かないのは、見本にしている先駆的な大型店の事業実績・運営マニュアルが労なく手に入れられるからだろう。だが見本店のマニュアルは見本店のマニュアル。それぞれの店にはそれぞれの店の条件や特性があり、それに相応しく運営方針や栽培出荷計画が決められ、ひとつずつ実現していく手順が練り上げられ、その担い手づくりが進められないと、当該地域の「地域振興」「農業振興」にはつながらない。

 近年、「大型ファーマーズマーケットはできたが、思うように売り上げが伸びず地域農業の振興につながらない」という声を良く聞くが、案外それは、「成功事例を移植する」という発想がもたらす「負」の部分なのかもしれない。
「商業観光」拠点という位置づけの落とし穴
 三つ目のパターンは、近年、各地の道の駅などで特産土産品販売や集客イベント、さらにはアミューズメント施設などを組み合わせて大きな集客力を誇る店が増えてきているが、その運営会社などが、そこで得たノウハウを活かして、他地域に新設される道の駅などの指定管理者として、いわゆる「商業観光」事業を水平展開させようとする「地域振興」のカタチである。

 商業店舗の中に直売所もあり、地元の農産物も、一般の直売所と同じ委託販売のシステムで陳列され、集客力の大きさに助けられて、それなりの売り上げ向上が実現されているようだ。こうしたこともあり、この商業観光型道の駅の運営団体が、新設する道の駅の指定管理者に応募してくることを大歓迎する自治体も多いようである。

 これはこれで、新たな地平を拓いた一つの商売のカタチとして評価されるべきだと思うが、①出店場所が、大きな集客が可能な地点に限定されること、②同じく、出店地点が、あらかじめ相当量の農産物の集荷が望めるところに限定されること―などが、「地域づくり」にとっては一つの制限になると言えよう。

 このことを逆に言えば、日本中で大半を占める中山間地や沿岸部の過疎化の進む農山漁村では、適応することのできない「地域づくり」のカタチだということになる。特に、大量の客に対応して大量の農産物を販売していくという「数」を重視する業態が、多面的機能を持つ農山漁村の継続的維持発展にとってどのようなメリットをもたらすかは、まだまだ不分明である。

 以上、本誌28号の論説記事とその後の反響について触れながら、現在進められる食・農・観光の一体型地域づくりの様々なカタチについて考察してきた。問題はただ一つ、疲弊し、消滅の危機にある全国の農山漁村を何とか維持発展させる「地域づくり」の方法を探り出すことにある。多くの方々のご意見をお聞きしたい。