| 武田 |
井月さんは、この中沢を好んで訪れたようですね。 |
| 春日 |
井月が訪れたのは安政5年と言われています。主に、天竜川の東側にある中沢や東伊那、美篶、富県などの俳友たちを訪ねて、約30年間、伊那谷にいました。 |
| 竹村 |
この中沢は、山を背負い、天竜川が流れ、文化的な風土もある。いいところだと思いますね。井月が好んだのもわかるような場所です。 |
| 春日 |
改めて来てみると、井月は、いいところを歩いていることがわかりますね。 |
| 竹村 |
駒ヶ根市の竜東地区には、中沢と東伊那があります。東伊那地区は、天竜川の段丘に沿って南北に長く伸びている地域。中沢は、東の奥山の方に向かって、清流に沿った谷が伸びている地域です。いずれもいいところです。 |
| 武田 |
眼前に中央アルプスがあって、気持ちがいい場所です。 |
| 竹村 |
山に抱かれている、という雰囲気があります。他の地域からは、「中沢は危機意識が薄い」と言われることもあります。おそらく、山に囲まれていて、安心感に包まれているからだと思っていますが―。 |
| 武田 |
そんな雰囲気が、井月を気楽に訪れさせる理由になっていたかもしれませんね。「駒ヶ根市」という知名も、井月の句に由来しているという説があるそうですが。 |
| 春日 |
『駒ヶ根に日和定めて稲の花』という句があります。稲の穂が出たころ、8月のはじめころでしょうか、駒(中央アルプス)の根にいい日が当たっている姿を見て、今年も豊作だろうか、という気持ちをこめたものでしょう。そのころの稲の花は、花鈴をかける、とも言って、非常に美しい稲の穂が揺れる季節です。この井月の句に出てくる〈駒ヶ根〉から地名になったとも言われていますね。 |
| 武田 |
井月さんには天竜川の句も多いですね。 |
| 春日 |
そうですね。特に中沢地区にはきれいな支流、清流がありますから、そうした情景を詠んだ作品も多いです。当時は海からたくさん天竜川に鮎があがってきましたから。『若鮎の瀬に尻まくる子供かな』『楽しさは浅瀬に深し蜆とり』などの句があります。 |
| 武田 |
当時、天竜川で遊んでいた子どもたちの雰囲気が伝わってきます。 |
| 竹村 |
改めて井月が歩いた道をたどってみて、中沢の素晴らしさを実感しましたね。いつもは車で通ってしまいますが、井月を通して感じてみると、また違って見えます。 |
| 武田 |
井月さんも、人情味あふれたところだったこそ、好んで訪れたということでしょう。 |
| 春日 |
ここの風景や人々に、とても温かみを感じた、ということだと思いますね。 |