2006年9月30日放送 

吉澤政己さん

自然と調和する暮らし

ふるさとの原風景を歩く@

ふるさとの原風景といえば、どんな風景を思い浮かべるだろうか。田園、山岳、水辺、家屋―。いろんな要素が調和して形成される風景。無機質な建物やカラフルな広告も混じり合い、伊那谷の風景も少しずつ変化を続けている。
そんな伊那谷の集落風景の中に、かつて茅葺き屋根の存在があった。いなまいニューススタジオは、2回にわたり、上伊那の茅葺き職人が現在手がけている茅野市宝勝寺庫裏の茅葺き屋根葺き替えの現場を訪れ、日本の里山原風景の魅力を探る。
1回目の今週は、茅葺きの伝承に取り組むNPO法人信州伝統的建造物保存技術研究会の吉澤政己さん(工学博士)をゲストに迎え、日本家屋のたたずまい、風景の原点などについて聞く。次週は、茅葺き屋根を維持している宝勝寺住職、茅葺き職人の声を聞く。

働く姿を見る経験
武田 私が育った家も茅葺き屋根で、葺き替えの時には地域の人が大勢手伝いにきていたのを覚えています。
吉澤 昔は「ゆい」と言って互いに手伝ったり、または「茅無尽」と言って、共同で茅を持っていて、どこかの家が茅を葺く時には貸し合っていたんですね。そうした共同作業で成り立っていた時代がありました。それが時代とともになくなってしまいましたね。
武田 こちらの宝勝寺の葺き替えには、檀家の皆さんが手伝いにきているようですが、そうした「ゆい」のようなものがなくなったことが、地域の結束力が薄れることにつながって、間接的に犯罪にもつながっていくのではないかと感じます。
吉澤 人が働く姿を子どもたちが目の当たりにしなくなったこともあるでしょうし、昔は木の床をぞうきんで磨くとぴかぴかになることを知りますが、学校がコンクリート化された建物になっていくと、そういうこともなくなっていって―。何か手をかけると良くなっていくことが経験できなくなっていることもあるでしょうね。
武田 今は自宅でも学校でも、床を拭くことも経験しにくくなっています。私自身は、おからで床を磨いた記憶がありますが、そうやって木を大切にする、ものを大切にすることを学んだ気がします。
吉澤 そうした経験を、もっと子どもたちにさせてあげたいと思いますね。日本は、茅葺きや木の建物が減ってしまいましたが、ヨーロッパでは、新築でも茅葺きにすることが今でもあります。現代住宅でも茅葺きが通用するわけですから、日本でも茅葺きのような伝統的な材料を使えるような仕組みを、もう一度考えたらどうかと思います。
武田 今でも地名に「茅」という字が残っていますから、昔はあちこちに茅場があったことがわかりますね。今、伊那谷には茅葺き民家はどのぐらい残っていますか。
吉澤 旧村単位で考えても、1、2棟ぐらいだと思いますね。お年寄りが住んでいて、残そうという意思がある家はまだ残ると思いますが、空家になっているものは、なかなか改修の機会もなくなっています。

一万年の経験を持つかやぶき屋根
武田 茅葺きの家の良さはどんなところに…。
吉澤 住んでいる人の話を聞くと、とにかく夏が涼しい―と言いますね。
武田 茅という自然の素材を使うということは、自然をそのまま生かした家。だからこそ―ということもあるでしょう。
吉澤 もちろん、茅は、屋根に葺く時にはもちろん使いますが、使い終わった後はいい肥料になりますから、土にかえります。天然の循環ができるということですね。
武田 茅葺き屋根の茅は、何年ぐらいもつものですか。
吉澤 陽が当たる南側と日陰とは違いますが、陽が当たる側は60年ぐらいはもちます。しかも、表面が痛むだけなので、中(下)のほうの材料はまた使うことができます。
武田 茅葺き屋根も長持ちしますが、木造住宅も寿命が長い。
吉澤 そうですね。この宝勝寺の庫裏は、建物は200年ほど経っています。こうして屋根を葺き替えていけば、まだもつということになります。
武田 最近の住宅は軒がとても短い印象があります。昔の日本の家屋は、長い軒があって、ぬれ縁などもありました。
吉澤 法律的なものもありますが、軒をあまり出さないで光を家の中に取り込みたいという考えだと思います。でも、軒が短いと、雨風は家の中に入ってくることになりますね。住み方、暮らし方の違いもあるでしょうが、昔は軒を深くして、軒の下で雨の日にも作業ができるようにという考えもあったと思いますね。
武田 我が家でも最近、ぬれ縁を作りましたが、庭と部屋が連続しているような実感があります。
吉澤 現代の住宅は全体としては、外の空間と、中の空間を変えよう、という意識が強いですね。窓もだんだん小さくなって―。
武田 最近は化石燃料が値上がりしています。今、自然の中で調和して、夏は涼しく、冬は暖かい暮らし方を考えたほうがいい時代だと思いますね。
吉澤 約1万年ぐらい前から茅葺き屋根の経験があるわけですから、そこにはもう少し隠された知恵があると思いますね。例えば日本家屋で使われている障子紙も、風が通りますから、外気とやわらかな接触があります。健康にはいいと思いますね。紙も木材も、水分の調節をしてくれますね。
武田 風景を考えてみても、日本の伝統的な家屋は、日本の風景の中にとても調和しているように感じます。
吉澤 自然の素材を使って、地域に調和した形をだんだん精錬させてきたということがあるでしょう。例えば伊那谷の天竜川沿いだと、川からの風が強いので、壁が痛まないようにしぶき除けをかけたり、寒い地域では冬の凍結を避けるために軒をなるべく深くとったり―。そういうものが地域で育まれて、形として、そこになじんできたということだと思います。
武田 それが、私たちの原風景の中にしまい込まれてきた、ということですね。

住まいも地産地消
武田 例えば、茅葺き屋根がなくなれば、その技を伝承する人もいなくなる―。それぞれの土地の伝統的な記憶というものも、とても重要ですね。
吉澤 家屋の並び方、向き、屋敷の周りの樹木なども重要な要素ですね。そういうものが、地域の陽の差し方や風の向き、寒さなどを語ってくれます。
武田 昔は、地域で育った木を使う場合、その木が育ってきた向きに合わせる、という話も聞きました。
吉澤 そのほうが狂いが少ない、と言われますね。木の年輪の育ち方もあります。自然のものがまたそこに自然に立つ、ということでしょう。伐られて、植物としては生きていないのかもしれませんが、材木としてまた同じように生きていく、ということだと思います。
武田 実際に現代ではそうした建て方をすることがありますか。
吉澤 材料が船便のほうが増えて、家の目の前にある山の木を使うほうが高くなってしまっていますから…。どこかで狂ってしまった―。
武田 本当は、住宅の材料も地産地消できたら、より自然で豊かな暮らしができるのではないかと思いますね。それから、例えば、この宝勝寺は境内の敷地をゆったりととっていますが、中には建物のすぐ近くまで舗装して駐車場にしている場合もあります。その場合、そこで感じる心にとても大きな影響があると思います。
吉澤 成立してきた空間には、それなりの年月をかけて育ててきた景観があります。その良さをどのように判断するか―ということですね。
武田 もしかしたら、私たちが本来望まなかった風景になってしまっている場合、心のどこかにいつも良くない影響を与えて、そわそわしたりいらいらしたり…。そういうこともあるのではないかと感じます。
吉澤 ダイナミックな、懐に抱かれるような自然を感じ取れることが少なくなっています。そういう体感をいかに大事にしていくか―ということだと思いますね。そういう意味で、この茅葺きの建物なども大切な存在だと思います。この茅葺き屋根も、葺いた直後は輝きのある茅です。それに夕日が当たると、なんともいえない美しさです。それを一度見ている人は、そういうものでなくてはだめだと感じるわけですが、そういうことを体験できなくなっていますから―。
武田 子どもたちがこうした伝統的な日本家屋を経験できなくなっていますから、そうした機会を作っていくことも重要になりますね。

昭和30年代の宝勝寺(下)。真ん中の屋根が当時茅葺きだった本堂。現在葺き替え中の庫裏(上)はその右隣の屋根

武田徹キャスター(左)と吉澤政己さん(茅野市宝勝寺境内で。後ろは茅葺き屋根の葺き替え中の庫裏)

宝勝寺檀家の皆さんも手伝いにきていた




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