| 武田 |
ここには、何台の穀物加工機が―。 |
| 山浦(政) |
16台あります。すべて現役で使っています。製粉所内にある機械を一つのモーターで各機械を駆動させるために、ベルトとシャフトで動かす工夫をしています。これも昔の人の知恵ですね。 |
| 武田 |
創業当時のものが多いですか。 |
| 山浦(政) |
だいたい昭和30(1955)年ぐらいのものです。それ以後はほとんど変わっていません。 |
| 武田 |
製粉の仕事が忙しい時代はどんな生活でしたか。 |
| 山浦(初) |
大変でしたね。子どもが小さい時は、主人が勤めに出ていて、製粉は私一人でしていたこともありました。勤めに出ていた主人が昼食に戻った時に、調子が悪い機械を見てもらったりもして―。 |
| 武田 |
ここにある機械は少しずつ増やしてきたものですか。 |
| 山浦(初) |
結婚した当初から少しずつ増やしたものです。本当によくやってきたと思いますね。 |
| 武田 |
小さいころから、政喜さんは製粉の仕事の手伝いをしていたそうですが、そのころの記憶があったことも、今回この家業を継ぐことにつながったんでしょうね。 |
| 山浦(政) |
いやいやながら、手伝っていましたね。手伝いといっても、仕上がり具合はわかりませんから、材料を運ぶ程度の手伝いしかできませんでしたが―。 |
| 武田 |
今、健康食がブームになって、キナコやアワの需要が高まってきているそうですが、製粉の手法そのものも、ゆっくりと製粉、精米したほうがおいしいそうですね。 |
| 山浦(政) |
お客さんからも言われますが、昔の機械のほうが、出来あがりまで時間をかけるので、製品が熱を持たないんですね。だから、おいしい、食感がいい―と。 |
| 武田 |
やはりそのほうがおいしい―。 |
| 山浦(初) |
そうです。おいしいです。 |
| 武田 |
実際に粉にしたものを目で見て、仕上がり具合はわかるものですか。 |
| 山浦(初) |
例えばそば粉の場合、わかりますね。機械にかけっぱなしで回してもだめなので、具合をときどき見ながら、だんだん締めていくとか、出口を太くして圧力を強くする―など調節していきます。 |
| 武田 |
今回、息子さんの政喜さんが仕事を引き継いだわけですが―。 |
| 山浦(初) |
自分で考えてやっていくようにと言っています。誰だって苦労はある―と。体験で覚えていかないと、わかりませんから。 |
| 武田 |
今、こうした機械を揃えようと思っても不可能でしょうから、そういう意味でも貴重な仕事ですね。 |
| 山浦(政) |
そう思いますね。故障した時も、戦前から長くおつきあいをしている農機具屋さんにお願いできるので安心しています。 |
| 武田 |
家業を継ごうと決意したきっかけは…。 |
| 山浦(政) |
最初はそのつもりは全くありませんでした。でも、有機農業をしている若い人や、お客さんが「来てください」と手紙をくれたり、母親のところに「継いでください」と言ってきたり―。それで、これは必要とされている職業なんだ、と感じて継ぐことを決めました。継いでから2年半になります。 |
| 武田 |
有機農業をしている人や、小規模農家の中には、こういう対応をしてくれる製粉所があることを知らない人もたくさんいるでしょうね。 |
| 山浦(政) |
そう思います。1`から対応していますし、宅配便で送っていただいても大丈夫です。仕上がったら郵送しますので―。お客さんが納得したこだわりのものを食べるようになってきていますから、そういうこだわりある製品を作っていきたいと思っています。 |
| 武田 |
経験というのも大事なことですね。 |
| 山浦(初) |
そうですね。 |