2006年7月29日放送 

宮田学校給食を育てる会の皆さん

ふるさとの心を届けたい

もっとおいしく安全に

ふるさとで育った野菜や果物で、子どもたちを育みたい。安心、安全な食べ物で子どもたちを育みたい―。宮田学校給食を育てる会は、そんな思いで、食材の提供を続けている。子どもたちも、その思いをしっかりと受け止めて、残さず食べ、そして、野菜づくりにも取り組むクラスも多い。「食」を一つの柱にしながら、地域の農家も、子どもたちも、地域のみんなが共に育つ「共育ち」の精神が、育まれつつある。
今週のいなまいニューススタジオは、先週に引き続き、宮田学校給食を育てる会を紹介。納入している農家の声を聞く。
(写真=左から、武田徹キャスター、吉澤さん、小田切さん、樋屋喜代美さん、樋屋喜吉さん(樋屋さん親子経営の「フルーツファームひおく」内で)

子どもたちに元気をもらいながら
武田 太陽の恵みの中で育った、宮田村の果物や野菜が子どもたちに届けられているんですね。
吉澤 この太陽の下で育ったものを食べられることは、心の栄養にもなると思います。
小田切 3年間続けて、年々供給量も増えてきました。協力いただける皆さんも増えていますから、だんだん充実していけたらと思っています。
樋屋(美) 完熟したおいしいリンゴを子どもたちに食べさせたいと、いい時期に収穫して届けています。
樋屋(吉) 今盛んに言われている食の安全性。これは当たり前のことですが、さらに農薬を減らして、少しでも害虫の発生を少なくする工夫をしたり、たくさんの有機物を肥料に加えたりしています。化学肥料を一切使わずに、少しでもおいしいリンゴを子どもたちに―と思って。
武田 小田切さんはどんなものを届けていますか。
小田切 アスパラガスとスイカを中心に納入しています。基本的には土づくりに気を使いながら、なるべく農薬を減らしています。
武田 3年間経っていかがですか。
吉澤 3年前に始めた時は、こんなに農業とかかわって運営していけるとは思っていませんでしたね。子どもたちに元気をもらいながら、「共育ち」できてきた―という実感があります。
武田 3年前にスタートした発想の原点は。
吉澤 子どもが中学生の時にPTAの役員をしていて、学校給食とのかかわりがあったということもありました。また、仕事でシメジの生産に携わっていて、平成6(1994)年から学校にシメジを納入してきたこともありますが、そんな中で「給食には当然地元のものを使っている」と思っていたんですね。ところが、必ずしもそうではないことを知って―。当時、長野県農政部の働きかけで「地産地消」ということがよく言われていた時期でもありましたから、始めてみよう、と。
武田 スタートした時、すぐに賛同を得られましたか。
吉澤 少しずつではありましたが、まず学校の栄養士さんが一緒に働きかけをしてくれて、村の人たちも動いてくれました。
小田切 地域の子どもたちに安全なものを供給したい、という思いは多くの仲間に共通していましたから―。
武田 化学肥料を使わない、農薬を減らすなど、実際は手がかかることです。
小田切 農薬ゼロというわけにはいかなくても、いろんな工夫で。大変だとは思いますが、作って、供給して、子どもたちに食べてもらう。そういう形を見ると、また次の力がわいてきます。
吉澤 これからも、使う側と納入する側が十分に連絡を取り合って、無理しない範囲で持続していくことが大事だと思っています。長く続けるには、本音で向き合って、無理をしないということ。栄養士さん、調理士さん、納入する農家などがいい人間関係を作っていくことだと―。
小田切 食材を提供するだけでなく、食農教育にも結びついていければと思いますね。
吉澤 今の子どもたちの親の世代は、食に対して無頓着な時代に生きてきたと思うので、子どもから教わる部分がたくさんあると思います。それでもいいと思うんですね。そうやって学校給食に関心を持ってもらって、農家、食農教育に結びついていけば、また農家も消費者も発展していけると思います。

宮田方式
武田 宮田村は、宮田方式と呼ばれる農業で知られるそうですが―。
樋屋(吉) 一言で言うと、土地の持ち主はありますが、泥は皆のもの、という考え方です。例えば、このリンゴ畑にも、自分の土地は一切ありません。農地利用委員会が村の中にあり、集落ごとにも同じような組織があり、そこで調整しています。昭和44(1969)年に、基盤整備が始まった時、すでに減反が始まっていて、米の問題が持ちあがっていました。それをどうするのか、という話の中で、土地は皆で使おう、荒らしておいてはいけない―ということで始まりました。
武田 各地で休耕田が増えていますが、例えば、土地を持っていても農業ができない人の代わりに―ということも。
樋屋(吉) そういうこともあります。最初は大変でした。約400町歩ある中で、これから米を半分以上減反しなければならなくなった時にどうするか…など、議論がありました。野菜だと、すぐにやめてしまえることもあるので、そうなるとまた荒れてしまいますから、だったら永年作物を作ろうと。それを中心に、牧草、リンゴ、花きなどに取り組みました。「土地を取られてしまうんじゃないか」という声もありましたが、今は、宮田村の中で荒れた土地はありません。
武田 それは、すごいことですね。
樋屋(吉) ですが、まだ後継者問題という大問題もあります。最近、少しずつ世代交代が始まってはいますが…。
武田 樋屋さんの家では娘さんの喜代美さんが後を継いで―。
樋屋(美) 継いでから15年ぐらいになります。自分の子どもを育てながら、自分もここで勉強しながら育った、という感じですね。面白かったり、嫌になったり、意見が合わないこともありますが、ようやくこのごろ、自分に欲が出てきて、あれもやりたい、これもやりたい、と思うようになりました。この会の活動を始めて、子どもたちとかかわって、よけいにその気持ちが強くなってきましたね。あの子たちの顔を見ていると、もっといろいろ作ってあげたいと思います。そして、もっと食に関心を持ってほしいと。

会員の一人、宮島正明さんのビニールハウス。虫除けの工夫をしながら無農薬で子どもたちに届けるためのホウレンソウ、小松菜を栽培中

きょうも児童たちは地元食材たっぷりの給食(宮田小で)



宮田学校給食を育てる会
村内に住む農家が中心となり、平成16(2004)年発足。それぞれの農家の得意品目を中心に計画を立て、小中学校の給食献立が作られる前に、各校の担当栄養士に納入できる品目を知らせ、各校ではなるべく会からの納入食材を活用できるように献立をし、発注する仕組み。納入されるものは、ブナシメジ、アスパラガス、タマネギ、ジャガイモ、小松菜、リンゴ、ブルーベリーなどで、昨年度は約50品目が届けられた。現在会員は11人で、中にはJAの直売所も入っているため、直売所に納入している多くの農家も協力している体制となっている。
【吉澤小百合さん】宮田村学校給食を育てる会事務局。農事組合法人ひかり勤務。会の発足前からブナシメジを納入していたが、PTA役員だった時、できるだけ地元のものを子どもたちに食べさせたい、と同会発足の発起人となり、以来中心的に運営に携わる。
【小田切信樹さん】宮田学校給食を育てる会代表。アスパラガス、スイカなどを納入している。
【樋屋喜吉さん】フルーツファームひおく経営。リンゴなどの果樹栽培の傍ら、果樹園の空き地を利用して給食に納入するための野菜を栽培。
【樋屋喜代美さん】樋屋喜吉さんの後継者として共に果樹や野菜栽培に携わる。生食だけでなく、リンゴやブルーベリーのペーストやジャムなどの加工品も納入しようと積極的に取り組む会員。

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