2006年7月8日放送 

内田健一さん

森づくりの明暗@

スウェーデンの森づくり・人づくり

伊那谷は森林の恵みに囲まれている。あまりにも当たり前の風景の中で、その森林は、山の担い手が減り、手入れされない状況で私たちに何かを訴えかけている。
その森の声に耳を澄ませ、日本の、伊那谷の森づくりに取り組む一人のきこり。岐阜県立森林文化アカデミーの教官として、プロレベルの現場きこり技術と、大卒レベル以上の森林学の知識を両立させるための研究室「森づくり塾」を開講した内田健一さんだ。
内田さんは、その後、学生たちと共に、林業国スウェーデンとオーストリアへ研修に行き、そこでの成果を一冊の本『森づくりの明暗』にまとめている。同じ森林に囲まれた国土に恵まれた国でありながら、その森林への考え方、向かい方には違いが大きいという。
いなまいニューススタジオは、今週と次週の2回にわたり、内田健一さんをゲストに迎え、スウェーデン、オーストリア、日本の森林への取り組みの違い、これからの森づくりなどについて聞いた。

内田健一さん
きこり。信州大学農学部を卒業後、森林開発公団職員を辞め、信州大学農学部大学院修士課程修了。伐採業者、森林組合作業員を経て、伊那谷で林業の親方として独立。「精神的には楽しく、山作りをまかせてくれた、ということもあり、独自の視点で、毎日森と対話しながら、仕事をすることができました」と当時を語る。2001年、岐阜県立森林文化アカデミー講師、同助教授を経て、現在はフリーの立場で研究執筆活動などをしている。著書に「森づくりの明暗」(川辺書林)。箕輪町在住。

林業国スウェーデンの人づくり
武田 スウェーデンを視察して、日本との一番の違いは人づくり、と感じたそうですが―。
内田 日本では特に林業の場合、森林組合や林業関係の企業に勤めながら作業員として働いている人が圧倒的です。その場合、現場作業を専門にする人と、測量したり室内で書類を書いたり、役所と連絡を取り合う人と明確に職業が分かれていて、その両者が行き来することはほぼないような状態です。それはある意味では、教育や人材養成のシステムの結果でもあると思いますが、スウェーデンはそういう点が非常に違うと感じましたね。
武田 現場もやるし企画立案もする―。
内田 スウェーデンでは、役所に勤めるにしても、林業関係の会社に勤めるにしても、現場で作業をするにしても、もし林業関係の仕事に就きたいとすれば、一般的なのは農林高校の林学課に通うことです。農林高校を出ていなければ、大学の農林業関係の学部学科には入れない仕組みになっています。ですから、誰でも必ず、農林高校にまず進みます。16歳までの義務教育が終わった段階で、各種分かれた高校に進みます。それは、大学に進学するかどうかとはあまり関係なくて、どういう分野が自分の将来の職業に合っているかどうか、それを選択して進んでいきます。
武田 日本の場合は、もともと家庭で将来の職業があまり話題にならないと思いますね。ですから「とりあえず勉強しろ」「とりあえず大学に」と。
内田 スウェーデンでは、そうではありませんね。農林高校の林学課の実践的な研修の様子も見学してきましたが、そこでは極めて現場的、実践的なんです。例えばチェンソーが一人に1台与えられていて、メンテナンスも自分でします。あるいは大型機械を乗りこなす実習が毎日のようにあります。それから、かなり広い面積を与えられて、自分たちが間伐をして、教官たちはその間を車で回って指導する―など、相当実践的な教育がおこなわれていますね。もちろん、測量したり、森を分析したり―など、机上の学問も学びますが、一番大事にするのは、実践な部分だと思います。
武田 日本の場合は机の上の勉強をしてきた人を大事にして、現場で汗をかくことは、あまり大事にされない傾向がありますね。
内田 そうですね。給料などの雇用の条件だけではなくて、非常にギャップがありますね。例えば、事務的の技術者の場合、ほとんど年功序列、月給制という雇用スタイルが多いですが、現場作業は雨の日休みで日当、出来高―。もちろん、それをうまく機能させれば、雨の日に仕事をするよりも、そうではない日に安全に働いたほうが合理的ですし、自分の仕事の対価がわかりやすいので、精神的にも問題ないと思いますが、そのギャップは問題だと思うんですね。
武田 そういったことは、子どもにも敏感に影響しますね。だから、汗を流して働くことは3Kなどと言われて、あまりよくないというイメージも持たれて…。
内田 そうですね。それは、学校教育全体の問題でもあって、人材養成をどのように考えていくか、ということだと―。
武田 例えば、スウェーデンでは、日本のようなギャップはないですか。
内田 すべてを見たわけではありませんが、ないと思います。見た範囲では「どちらがいい」「どちらが儲かる」といった考え方はないですね。「好きだから」ということがまず前提にあります。その上で、それぞれが選択していますから、大学へはもう少し勉強したい、という人が行くというだけで―。それが、社会的な立場や賃金とは特に関係ありません。スウェーデンでは、小さなころから、何になりたいのか、ということが話題になりますし、本人の意思を尊重して育てられていますから―。

森を支える仕組み
武田 森林行政の違いで感じたことは。
内田 スウェーデンでは、役人が偉そうではない。ざっくばらんでとても親切ですね。それには理由があって、まず「役所は偉い」という考え方はありませんね。そこには、それを支えているシステムがあります。林野行政の担当者である森林官(フォレスター)たちの主な仕事は、森林所有者や学校などに、指導したり普及したり案内する、という行政的な役割ですが、それと同時に、自分たちの収入を自分たちで稼ぐという仕組みになっています。独立採算になっているんですね。ある森林官は、山林に入ってどんどん調査をします。聞いてみると、それは資質の問題のようで、指導ばかりしているようでは森林官は務まらない―と伝統的に考えられているんですね。自分で汗を流して森で働く人こそが、森林所有者や森で働く人に尊敬されて、指導する立場にも適格だ―と思われているんです。
武田 少し前までは職人という姿は、今よりも尊敬されていたように思いますが、ホワイトカラーが増大し始めてから、価値観が変わってきているような気がします。
内田 学校の教育システムでいえば、日本では、例えば、大学の農学部で実践的に教えられる時間は非常に短く、草刈りや間伐、植林などの時間が、4年間で多くて4、5日です。それで卒業して就職し、指導の側に回ってしまうんですね。
武田 日本では、知的労働と肉体労働のギャップが本当にあります。
内田 学校で勉強した人の方が、金銭を多く取れる―という社会が作られてしまっています。国の中で、そうした知的な人を増やしていけば、国全体の経済力が上がる、という考え方が根底にあると思いますね。日本では毎年、経済的に発展しながら、右肩上がり―という社会を是とする社会の考え方が、特に高度経済成長期以降あります。スウェーデンでは、国土のかなりの部分を林業的に使って、同時に自然環境を守りながらうまくやっていると思います。そんな山づくりができた場合、毎年一定量の木材収穫は見込めても、それから先、どんどん増える―という状況にはそもそもなりませんね。農業や林業、木や野菜は、太陽光線による光合成によって育っていくものですから、太陽光線の量が変わっていくということは考えにくいので、今年も来年も、10年先も50年先も、今と同じぐらいの収益は見込めるけれど、劇的に増える可能性―ということは考えられないですね。そのことが、国の中で認められるような社会情勢の中でしか、林業や農業はうまくいかないんじゃないか―と。
武田 スウェーデンでは、それが当たり前だと。
内田 そうです。一番違うと感じたのは、住宅は100年以上当たり前に使います。節約が美徳で、車も自分で修理して使うのが当たり前です。庭の手入れも自分でします。林業というのは、そうした考え方が根底にないと、難しいと思いますね。
武田 工業では、工場をたくさん建てて従業員を増やせば生産量も増える。ところが、農業も林業もそれは無理。
内田 土地、太陽光線を基本にしていますから、それが劇的に変わらない限り、変わりませんね。それでいて例えば、日本は外材が8割以上入ってきて、日本の木はあまり使われていない。そして、木の値段が外材の影響によって安くなってしまったために、林業は儲からないし、林業が儲からないから山の間伐が遅れても仕方がない―という考え方になってしまう。
武田 日本では、工業的発想を農業や林業に持ち込んでしまった―。地球環境で考えれば、今のまま化石燃料を使い続けることは難しい。日本の林業をもっと大切にすべきですね。日本は、もともと森林資源には恵まれていますから。
内田 樹木の成長スピードを比べると、スウェーデンは日本の半分ぐらいなんです。日照時間が短いですから。ということは、今、スウェーデンで生産されている樹木は、100年ぐらい前から間伐して手入れしてきたものです。日本の場合は、戦後人工造林した山の木に手が入れられていない。まだ40〜50年しか経っていない木です。それが、経済的に割に合わないという理由で放置されてしまう。考え方が根本的に違っています。
武田 日本は1、2年の単位で考えることが非常に多い。
内田 スウェーデンでは、木が育つのに最低100年かかるわけですから、1代で何とかしようとは思いません。何世代かがかかわって、やっと一人前になるということを、皆が理解していますね。
武田 21世紀は、そういった根本的な考え方を変えるチャンス、タイミングかもしれませんね。

親子2代で林業に従事(オーストリア)。仕事に誇りを持っている

スウェーデンのシラカバ林。樹齢約20年



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