2006年4月15日放送 

稲垣実男さん 稲垣智文さん

手作りの技と味を伝えて半世紀

道具は100歳

使う道具は鍋2つとハサミ、そして100年余前から使われている小さな飴切り用の道具。そこに、季節に応じてストーブと扇風機が登場する。たったこれだけの道具と職人の知恵と技によって、完全に手作りの飴が作られていく。動力を使う道具は一切使われていない。
毎日大量に生産することはできないが、夫婦二人でできる範囲で、手作りにこだわりながら十分に手と気持ちをかけた手仕事を続けている製菓店が、駒ヶ根市にある。携わっているのは、稲垣実男さん(71)と妻の智文さん(63)。実男さんは、父親の後を継いで菓子職人になって50年余。後継者がいないため、実男さんの代でこの手作りの味は途絶えてしまうが、稲垣さん夫妻は、材料も製法も昔ながらの手作り、無添加にこだわりながら、毎日、自宅横の小さな作業場に立ち続ける。
大量生産、大量消費のゆがみが叫ばれて久しいが、一方で手作りの技や味が少しずつ過去のものになりつつある今。本当の豊かさ、本当のおいしさを、もう一度見つめたい。
今週のいなまいニューススタジオは、手作りにこだわり続ける駒ヶ根市の稲垣製菓店を訪ね、その技と味に触れる。(一個一個の飴をオブラートで包む作業はいつも夫婦二人で。1袋200cを量り、手作業で積めてゆく。朝、黒砂糖を溶かしてから、飴をオブラートに包み、商品の袋詰めにするまで半日の仕事。稲垣製菓店では、通常、午前中に夫婦で一種類の飴を作り、午後は取引先に配達に回っている)左から実男さん、武田キャスター、妻・智文さん)

これからも二人で味を守りたい
武田 一番飴が売れたのはいつごろでしたか。
稲垣(実) 36災害の時だね。その当時は、うちのように手作りで飴を作っていた店が10軒あったから、競争で自転車に飴を積んで届けたものでね―。当時は天竜川の東側の中沢に数百人も作業員の人が来ていて、そこに着く前にもう売るものがなくなるぐらい売れて、売れて―。でも、近ごろは、セロファンに包んである飴がたくさん売られるようになって「包んでないとポケットに入れておいて食べられない」からって、うちのような飴はなかなか…。それで、他の店は作るのをやめてしまったんだね。
武田 稲垣製菓では一日どのぐらいずつ作っていますか。
稲垣(実) 午前中、二人で朝早くから120〜130袋作って、午後からは配達に回って―。
稲垣(智) 尊い飴だと思いますね。今の時代には、後を継いでいく人がいないのは寂しいとは思います…。今、全体に自然食品や健康に目が向けられて、こういうものを喜んでくれる時代になってきていると思いますが―。
武田 手作りで、一つひとつ形も大きさも違う飴。本当に貴重だと思いますね。
稲垣(智) 見たところは悪いかもしれないけれど、食べてみると味はいいです。それで、一度買ってくれた人はまた買ってくれて、ありがたいことだと思っています。健康で、こうして作り続けていられることも、ありがたいことだと思って―。
稲垣(実) 上伊那でも一人になっちゃったけれど、今のこういう時代になっても、楽しみに買ってくださる人があるのは、これまで辛抱よく続けていたからかなあ、と思いますね。ありがたいことで―。量産はできないけれど、なんとか辛抱しながら続けていければ―。

@A黒砂糖がこげないように10〜15分煮ていく。季節によって、硬くなるのに要する時間が違うため、味見しながら「だいたいカンだね。時間をかけて、かけて」(実男さん)。こねるために使われている木の棒は、鍋の底に当たるため、すり減りっていってしまうという

B水を張った流しに浮かべた鍋に入れる。水の温度を一定にして早く冷ますために、鍋を回す。鍋の縁のほうから薄皮のように固まった部分を内側に入れこみながら、7〜8分かけてやわらかい飴状の硬さに


C細長く伸ばしながら一定程度の長さに切る。ここからは、飴が硬くなりすぎないように、時間との戦い。手早い作業が要求される。
夏でも冬でも、飴の硬さによって、ストーブをつけたり、扇風機を回しながらの作業だ



DE細長く切った飴を、凹凸のある道具に並べ、上から押し付けると、数珠が連なったような形になり、飴の出来あがり

稲垣製菓店近くのスーパー〈デリシア駒ケ根店〉では、稲垣製菓コーナーが設けられている。「2年前からコーナーを作りました。手作りの味に根強い人気がありますね」(飯田益平店長)



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