2006年2月4日放送 

上伊那農業高校 北原光博校長 宮下理人教諭 境久雄教諭

生命(いのち)に学び 地域に開く

農業高校の今

先ごろ、上伊那農業高校は「スーパー専門高校」という新たな表札を手にした。文部科学省の地域社会の担い手となる専門的職業人育成を目指す「目指せスペシャリスト事業」の中で、指定を受けたものだ。生物工学科動物バイテクコースの牛受精卵移植技術を活用し、地域農業振興につなげる。また、緑地工学科には3つの炭焼き窯があり、全国でも珍しい存在という。
私たちが暮らす伊那谷は大地の恵みに囲まれ、その恩恵を長い間受けている。それを自覚しながら、さらに豊かな伊那谷の姿を実感するために、農業高校を一つの核にした地域への広がりがさらに期待される。
今回のいなまいニューススタジオは、上農高校で実際に牛受精卵移植技術などを指導し、「目指せスペシャリスト」事業に携わる生物工学科の境久雄教諭、緑地工学科の宮下理人教諭、北原光博校長を迎え、上伊那唯一の農業専門高校の今、そしてこれからについて聞いた。

農業で五感を学ぶ
武田 上伊那農業高校の特色は。
北原 農業で人間の五感を学ぶ。農業で人間の人格を形成する―というところにありますね。生産環境科、園芸科学科、生物工学科、緑地工学科があり、それぞれの学科で、自分が学びたいコースを選択する方法を設定しています。自分の思う通りの将来を描けるようにと。
武田 実際に手を使い、体を使った授業が多いようですね。公開講座も積極的に開いているそうですが―。
北原 他の高校も同じと思いますが、地域の皆さんとともに学ぶことがとても大切ですので、共に学べる講座をたくさん設けています。
武田 地域の文化をどのように継承していくか―これも大事なところですね。
北原 そうです。卒業生の多くは地域に残り、地域を支える人材となっていきますから、地域文化の伝承というところは非常に大切な分野ですね。最近では、卒業生の中で、非農家出身で、将来農業をしたい―という子どもも増えてきました。また、企業の中でも農業に参入するケースが多くなりましたから、将来そうした農業法人に就職して、農業を支えるんだ、という希望を持っているたくましい生徒も出てきていますね。自転車に乗れるようになるのと同じように、一度体で覚えたことは忘れません。生徒たちは、肌で感じ取り、自分のものにしていく。そういう素晴らしさを身につけてくれていると思いますね。生徒たちはいろんな職業についていきますが、基本的には「いのち」「人間の生き方」ということを深く、慎重に考えていってくれるのではないかと。

「環境」に一歩立ち入りながら
武田 緑地工学科ではどんなことを。
宮下 緑地全体を考える―ということで、森林、緑地帯、公園、自分の家の庭…そういった緑地の全体を考えられるようになれたらと。現在、緑地コースと土木コースの2つに分かれて学習しています。危険が伴う作業もありますが、実際に演習林の間伐をしたり、また、これからは地域に入っていって、民間の森林に入っての作業も進めていきたいと考えています。土木コースでは、地域で実施されている天竜川水系健康診断の水質調査に参加したり、信州大学の指導で川虫の調査などにも取り組んでいます。川というのは、環境問題を考える時、非常に大切な部分ですから、そこを認識していこう―ということですね。
武田 炭焼きにも積極的に―。
宮下 3つの炭焼き窯を持っています。全国的にも高校で3つの炭焼き窯を持っているところは少ないと思います。学校だけでなく、都会の中学生や地域の人たちに経験してもらって、さらにインパクトのある活動になっていると思いますね。これまでにも公開講座で地域の皆さんに炭焼き窯を使っていただいてきましたが、これからはもっと、この3つの炭焼き窯を生かしていきたいと考えています。
武田 みどり塾というのは―。
宮下 かつて上伊那農業高校は農業技術の一つのセンターという役割を持っていました。そんな歴史を踏まえながら、学校長が塾長になって、月1回、地元の人たちを対象にした勉強会を開いています。学校の演習林を使った授業も展開しています。これからさらに地域活動を広げていくことができたらと。また2月4日からは、林業専攻高校生国際交流研修で、生徒がインドネシアの熱帯林へ研修に行きます。熱帯林を破壊してしまった一つの原因に先進国の存在がありますから、その現状を実際に見てきて、これからの再生の方法を探っていく―ということですね。
武田 これからの林業。経済的には厳しい面もありますが、注目を集める分野になっていくと思います。
宮下 そうしなければいけないと思っていますね。「環境」といっても、一歩立ち入ったところを見たり経験することはなかなかできないと思います。そういった部分を積み上げて、さらに深めていきたいと思いますね。そして、産業に結びついた技術に触れていってもらえたらと思います。


森林整備の実習(緑地工学科)

見て覚える 触って覚える
武田 境先生が担当する動物バイテクコースではどんな授業を。
先日は、昨年10月に人工授精をしましたので、その受精が成功して妊娠しているかどうかという授業がありました。牛は体が大きくてお腹の上からでは妊娠鑑定ができませんので、直腸に小さな器具を入れて、直腸壁越しにお腹の中の様子を超音波の機械で撮影して、妊娠しているかどうかを見ます。
武田 かなり高い技術が必要ですか―。
高性能な機械なので、少しの練習で簡単に妊娠鑑定ができるようになっています。本来なら、手だけで妊娠鑑定する非常に難しい技術ですが、その鑑定を映像で見ることができるので、間違いなく鑑定することができるようになりました。この日は、ありがたいことに妊娠を確認できました。上農高校では今、黒毛和牛を約20頭飼育しています。今回は人工授精で子牛が生まれるわけですが、地域の皆さんにも協力していただきながら受精卵をたくさん排卵していただいて、その卵子を回収して、その受精卵を地域農家に提供することもしています。
武田 受精させるというのも、かなり難しい技術ですか。
私自身、できるようになるまで何年もかかりましたが、若い高校生たちは吸収がとても早くて、数カ月でそこそこできるようになっていますね。今回人工受精に成功した柴くんという生徒は、高い技術も持っていますが、何よりもやる気があります。柴くんの場合は、関連の大学に進学して、人工受精の資格を得て、就農する予定です。もうすでに私自身が教えることはほとんどありませんから、今度は彼が後輩たちの面倒を見てくれるのではないかと期待しています。
武田 地元の皆さんはどんな形で協力を。
受精卵の回収や移植する時など、本当に地元の優秀な技術者の皆さんが来てくださり、一緒にやってくださっています。生徒たちの中には、実家で牛を飼っているのは1人だけですが、卒業後、「自分で牛を飼いたい」と強く思っている生徒もいますね。
武田 最初に人工授精に取り組む時は、生徒たちにもためらいがあったのでは―。
そうですね。でも、一回経験すると、おもしろいもので生徒たちの中に連帯感のようなものが生まれてくる気がしますね。それに、いつでも子どもを授かるわけではありませんから、動物の活動に合わせていきます。生徒たちは早朝、ときには深夜、泊まり込んで分娩観察をすることもあります。私が教える、というよりも動物から一緒に学ぶ、というスタイルで―。
武田 ここに生徒たちの生の声を集めたアンケートがあります。例えば先日の授業で人工受精に成功した柴くんの言葉に「上農高校に来て動物について深く学んでいくうちに犠牲にならなくてはいけない命が、食物連鎖の大切さが、よく分かった」とあります。また同じクラスの伊藤さんは「普段食べている牛肉がどのように食べられるようになるか、牛を屠殺するところから見たり、授業を通して野菜作りの大変さを知った」とあります。いのちから学んでいる様子がよくわかりますね。やはり、触れてみなければわからない、実際にやってみなければわからない感想が多いように感じます。
聞いただけのことはすぐ忘れてしまいがちですが、見て覚え、実際に自分の手でやって理解していくという授業をしていますし、また、上農高校の中だけではとてもできないことを地域の皆さんに教えていただいています。そういう中で素晴らしい勉強ができていると思っています。
武田 その中で、循環型農業への取り組みも―。
牛は人が食べることができないワラなどを食べてくれて大量のフンをします。そのフンがまた次の新しい作物を作ってくれる―ということで、循環については、実践の中で今後もっともっと力を入れていきたいところです。


人工受精が成功して妊娠しているかどうかを確認する授業

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