2005年12月10日放送 

信州大学農学部教授 木村和弘さん

里山と農業と景観と@ 景観は農業がつくる

日本の原風景は誰が守る

「景観」という言葉は、当たり前のように使われている。しかし、何の、どのような―といった要素は、人によって、さまざまなとらえ方があるだろう。
伊那谷は、中央・南の両アルプスからの傾斜地に広大な農地が広がり、その中に農村集落が点在している。そうした典型的な農村風景に「素晴らしい景観」を感じることは多く、それはそのまま、この伊那谷の大きな、そして、かけがえのない財産と言える。
その景観を保っている大きな要素は、農地の維持管理、すなわち農業の存在。いなまいニューススタジオは、2週にわたり、農業と景観をテーマに、信州大学農学部教授の木村和弘さんに聞く。

木村和弘さん
信州大学農学部教授。専門は農村計画、農業土木学。中山間地域の荒廃化の実態とその対策、傾斜地水田の圃場整備技術の開発などの研究に携わる。
現在、中越地震で被災した山古志村での農村計画の調査、研究にかかわる。

農村景観を作っているのは−
武田 農業を景観、里山と合わせて考える。どんなきっかけでこの研究を始めることに―。
木村 山村に行くと、農家の皆さんは森林所有者でもあり、農地の所有者でもあるわけです。ところが、行政は、森林所有者は林家、農地の所有者は農家と分けながら施策を講じていますね。それはおかしいんじゃないか―というところから、相互を連結して考えようと。昔から、それは当然のこととしてやってきていたわけですから。
武田 同時にやっていることは当たり前のことでした。そして最近、景観ということも言われ始めました―。
木村 「景観」。特に農村景観を作っているのは誰なのか、ということです。農業生産の結果、そこでの維持管理の結果、景観が生み出されているんだ、という発想は非常に希薄だと思いますね。
武田 草刈りや水路の管理など、農地の維持管理については、実際に携わっていなければ、あまり目を向けられないところ。
木村 草刈りやごみ拾いなど、集落総出で行われてもいます。それによって、きれいな景観が保たれていると言えると思います。
武田 今は、農村の人口が減ってきていますから、昔に比べると厳しい労働条件になってきていますね。
木村 そうですね。一般に行われている維持管理が、景観を維持しているわけですが、都会から見ると、有名なところ、例えば棚田などだけを見て「これが農村景観のいいところだ」ということにもなってしまう―。平成11(1999)年に、農林水産省が「棚田百選」(棚田〓勾配20分の1以上の急傾斜地にある水田)を選定しています。そこでは、全国117市町村、134地区を選びました。134地区を合わせても約1440fです。全国の急傾斜地にある棚田は、22万1千fあるんですね。ですから、百選に選ばれているのは、わずか0・6%。今、評判になっているのは、棚田百選に選ばれたところだけで―。

棚田に見る維持管理
武田 長野県内で棚田百選に指定されているのは。
木村 16カ所が選ばれています。例えば姨捨は、棚田百選にも選ばれ、国の名勝にも指定されました。
武田 やはり、いいなあ、という景観ですよね。
木村 ですが、やはり土手の管理や草刈りなど、大変な維持管理作業が行われています。
武田 我々が「いいなあ」と感じる風景、景観というのは、実は面と線によって構成されている。その美しさと言えますね。
木村 そうした線と面の広がりの中で農村をとらえることが必要なんじゃないか、と。棚田百選に選ばれた134カ所というのは、あくまでも点。全国には、22万fあるわけですから、そこを見ていかなければと思いますね。それが面だろうと。今は、面よりも点ばかりが言われていますが、それよりも一般の農村の景観を考えていかなければと。
武田 例えば姥捨の場合、都会から訪れて作業をしたりしているようですが…。
木村 姥捨では、3fの棚田でオーナー制度を実施しています。ここには50人のオーナーがいて、ボランティアで作業していますが、彼らだけで草刈りや水管理は到底できません。ですから、それを支援するボランティアのボランティアが必要なんですね。それがあってはじめて維持管理ができる。景観を維持できる、ということです。
武田 地元で携わる人は高齢者も多いでしょうし、これからますます維持は大変に…。
木村 維持管理の中でも特に、草刈りによって景観が保たれる部分が大きいわけですから、例えば、その草刈りを楽にできるようにする方法についても常に考えていかなければ、と思いますね。棚田がダムの機能を持つ―とも言われます。維持管理が行われることによって、国土保全にもつながるでしょう。
(左)伊那市横山。「日本の農村の典型的な風景。山も農地も所有している農村です。日本の原風景ともいえるでしょう」(右)「農地の内部には、道路があり、水路があり、水田の区画がある。 土手や道路の草刈りがきちんと行われていて、これがひとつの景観を生み出している。農地の中は、水路などの線と、面(水田)の組み合わせ。それが景観。そこの維持管理によって、農村景観が生み出されていると思います」(木村さん)
法面に小さな段を入れ、草刈り作業の負担を軽減した圃場整備の一例(姥捨で)。


景観を支える確かな技術を
武田 草刈りというのは、本当に大変な作業―。
木村 実際に作業者に心拍計をつけて、草刈りによって、どのぐらいの心拍数の上昇があるのか調べたことがあります。作業で大変なのは、法面の下部。草を刈る時期というのは稲が育っていますし、稲の上に草を落とすわけにいきません。足を常に踏ん張って、稲の上に草を落とさないように下から上の方へ向かって刈らなければならないんですね。調査の結果、100bを全力疾走するのと同じぐらいの心拍数の増加が見られました。さらに、草刈りによく使われる動力刈払機というのは、金属の回転板が付いていて回っている仕組みですから、非常に危険で、怪我も非常に多いです。いかに危険な作業環境で行われているかということですね。
武田 しかも、面積が大きい。
木村 調べたところによると、傾斜が10分の1ぐらいの場所で、平均すると、所有面積の30%が土手。その上、平均すると1年に3回から4回草を刈らなければなりません。
武田 本当に大変な作業…。
木村 そうです。きつい作業ですから、回数を減らそう、ということになる。そうすると、そこでの植生も変わってきますね。年に1回〜2回という草刈り回数だと、ススキが生えてきたりします。
武田 草刈りに、新しい提案をしたそうですが―。
木村 法面の下部、中部に小段を作り、その足場に立って草刈りができるように。こうしたものを、圃場整備の計画の中に入れてもらうようにしてきました。平成12年に土地改良事業の圃場整備の新しい計画基準ができましたが、その中に、水田の形を等高線に沿わせるというものがあります。それによって草刈り面積も小さくできるんですね。横長の区画にすることによって、草刈り面積を少なくする。さらに、法面には小段を入れて、作業をしやすくする、ということで―。これからはこうしたものを、ぜひ取り入れてほしいと思います。1件でも事故がなくなることが大事ではないかと。すでに農地整備が行われたところで小段がない場所では、農家の皆さんが間伐材で丸太を置いて足場を作るなど、工夫もされています。今までは、圃場整備というと、例えば機械が入りやすいなど、水田の内部のことばかり言われて、回りの部分は置き去りにされてきたんですね。これからは、回りの部分も考えた圃場整備が行われることが大事だと思います。
武田 昔は農業といえば山、農地とつながっていました。それをもとに戻すことが、一つの糸口になりそうですね。
木村 そのために、技術が必要なんです。今は、その技術が個々に分断されていると思います。本来の目的を支援するための技術があってこそ。その技術が何なのか、と示していくことが重要だろうと思います。

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