2005年11月19日放送 

川の番人 伊藤助博さん

語り継ぐ天竜川水系 川の番人に聞く天竜川今昔A

山の幸よ 川の幸よ 〜本物の体験を〜

実り豊かな天竜川水系とともに力強く生きてきた古老に聞くシリーズ。今回も先週に引き続き50年余にわたって伊那谷の川や山の恵みを追う伊藤助博さん(87)に聞く。
狩猟が解禁され、伊那谷でも銃声が聞こえる季節になった。伊藤さんも、かつては、この日を待ちかねて山へ飛び出した一人。今ではすっかり住宅地になった里近くでも、クマやシカを追ったという。伊藤さんの体験談からは、実際に自然や生き物に触れた者しか味わえない喜びがこぼれる―。

伊藤助博さん
「夏は川で釣り。冬は山で鉄砲撃ち」の生活を50年以上。長年にわたり県の漁業監視員として天竜川水系の巡視にあたり、小黒川、小沢川、犬田切川、藤沢川を20年監視。1日150`以上巡視したという。地元の釣り仲間からは「天竜川の生き字引」としても知られ、かつて天竜川水系にも生息していたシジミやヤマトイワナ、ヤツメウナギ、小さな支流の石の位置まで知る。
「昔の天竜川は本当にきれいだった。ウナギ釣りは面白かった。いい日は20本も取れたよ。昔は魚影が濃かったね…」と淋しい表情を浮かべる。中でも昨年の集中豪雨で大被害を受けた小黒川の魚たちを思い、「どうしても魚が住める川に戻したい」と。伊那市西町区在住。87歳。

かつていた魚たちは今どこに
武田 天竜川の昔の姿を知る古老は伊藤さんのほかにも、まだいらっしゃいますか。
竹村 伊那毎日新聞でも現在、天竜川水系の川の歴史を調べています。いろんな場所で昔の話を聞きますが、多くの人が「それは伊藤さんなら知っている」「川と山のことは何でも知っているから」と―。
武田 伊藤さんは約25年間、天竜川や支流の漁業監視員を続けてきたそうですね。
伊藤 無鑑札で釣りに入っている人に鑑札を売る仕事です。それから、アマゴやイワナは15a以下は釣ってはいけないことになっているので、巡視して注意したりね―。
竹村 県漁業監視員や国土交通省のモニターを長年続けてこられたし、山で狩猟も長い間楽しんでこられた。本当に山の幸、川の幸を知り尽くしているのが伊藤さんと言えますね。
伊藤 最近も、天然のアメノウオはどこにいるか―と聞いてくる人がいましたが、今は、手良(伊那市)にしかいません。なぜかというと、他の川は放流をするので…。今も天然のアメノウオがいる川には小さな堰堤があって、放流魚はそれ以上、上がっていけないので、まだ天然のものが残っている、というわけだね。昔は、藪の奥にチョロチョロと逃げていった天然のアメノウオが、竿を出すとエサに近寄ってくるのが見えたもので…。
武田 竹村さんは、そういう経験はありますか。
竹村 ありませんね。
武田 どの沢に、どんな魚がいるとか、石の様子などは、どんなふうに記憶しているんですか。
伊藤 全部頭の中に書いてあるね。
武田 私も、山や川に詳しい人と出かけると、自分の勘で「あの後ろに、なにかいそうだ…」と、わかると聞きます。伊藤さんも同じように―。
伊藤 そうだね。雪が降ると、「これはオコジョの足跡」「これはタヌキ」「ハクビシン」…と全部足跡でわかる。昔はウサギもたくさんいたけれど、すっかり絶えてしまった―。
武田 どうして、ウサギがいなくなってしまったんでしょう。
伊藤 昔、山に植林したカラマツの芽をウサギが食べてしまったので、そのウサギを取るために、キツネを山に放したんだね。それでウサギがいなくなってしまって。今から30年以上前の話になるが…。
竹村 街の中でも同じような話があって、天竜川沿いでノネズミが増えたので、キツネを放した、という話を最近聞きました。
伊藤 キツネを放す前は、朝のうちに10羽ぐらいずつ、ウサギを取っていた人もいたよ。
武田 シカは、どうですか。
伊藤 シカも取ったね。朝、夜明けころにシカが「ピョ、ピョ」鳴くんだ。シカっていうのは、必ず木の陰に入って鳴くんだよね。だから、(見つからずに)何も取らずに帰って来たこともあった…。県の鳥獣保護員を頼まれたこともあったから、密猟の取り締まりをしたこともあったね。
武田 実際、山を歩いてみて、山の様子は変わりましたか。
伊藤 小黒川(伊那市)は川も山も、去年10月の集中豪雨で荒れてしまったし、小沢川(伊那市)も奥に入ると、崖崩れなどで通れなくなってしまっている。小沢川の奥のカンナ沢は、もう埋もれてしまったし、その奥の地獄沢には天然のヤマトイワナがいたがね…。去年の大雨でどうなってしまったか…。
竹村 三峰川に天然のヤマトイワナがいることは聞いていますが、小黒川や小沢川にも放流でないイワナがいたことは、伊藤さんから聞いて初めて知ったことです。また見たことはありませんね。伊藤さんぐらいしか見たことがある人は、もういないかもしれません。
伊藤 昔は、川をまたいで立って、釣り糸を垂らすと、すぐに食いついた。1匹釣って、まだそのままでいると、またその釣り糸に食いついてね―。
武田 シジミが天竜川にいたという話も聞きましたが―。
伊藤 箕輪町の卯の木あたりだった。昔かすみ堤だった近くに中州があってね、いい砂があった。そこに行くと、小さいけれどシジミがたくさんいたんだ―。取ってきて、よく食べたよ。天竜川でもそこでしか、シジミは見たことはないがね。
竹村 今では想像もつきません…。

クマ撃ち談
武田 昔は、どんな狩猟に―。
伊藤 霜がガリガリ降りるころに、クマを撃ちに行った時のことだったか―。連れていた犬が、とんでもなく遠く、向こうの尾根の方で何か獲物を見つけて「ワンワン」鳴いている。カモシカを見つけたんだね。秋だから日が短いし、「困ったな」と思って、もう犬をあきらめて山を降りはじめた。途中には、よく雪崩が起きる場所もあったけれど、走って降りてきて…。ある時は、地区の山作業の時にクマが出て、仲間が怪我をした。取らないと危ないということで、市で取った人に報奨金を出したことがあったんだね。あれは確か…10月1日の朝。霧雨が降る朝だった―。西箕輪与地の奥の沢に入って見上げていたら、クマがクルミの木に登ってクルミを食べていた。それで、尾根の陰に隠れながら近づくと、もうすぐそこにクマ。持っていた銃には弾1発だけ。思いきって撃ったところが、木に当たってそれてしまった…。「いや、困った」と思ったが、クマがちょうど足元にあったツルに足を取られて、もたついている間に次の弾を詰めて、クマが立ちあがったところをクマに銃を押し付けて撃ったんだよ。それでなけりゃ、こっちがやられてしまうからね…。
武田 一人で仕留めたのは何頭ぐらい。
伊藤 5頭かな―。クマは、クルミを拾って、外側の皮だけを剥いて「カリカリッ、カリカリッ」と食べる。クルミが落ちている沢の方へ、だんだん移動してくるから、沢の近くで銃を持ってじーっと待ってるんだ。「カリカリッ」という音がする時は絶対に動かないようにね、気づかれるから。そして、近づいてきたら撃つ―。
武田 今の子どもたちは、伊藤さんのようには自然の中に入っていませんよね。伊藤さんの話を聞いて、どんなことを感じますか。
竹村 伊藤さんとは10年来親交があって、クマ撃ちの話も何回となく聞きました。何回聞いても飽きないんですね。実体験ですから、説得力があるんですよね。沢も尾根も山も知っている―。危ないこともあったけれど、本当に自然を楽しんでいることがわかりますよね。
武田 天竜川水系の大自然とずっとつきあって、現在87歳。本当にうらやましい先輩。うらやましい体験が詰まっていますよね。
竹村 大人が聞いても楽しいですが、子どもにも聞いてほしいです。
武田 そうですね。ぜひ、子どもにも、伊藤さんの話を聞く機会を作ってほしいですし、自然の中で体験する機会も作ってほしいですね。子どものころのそうした体験は、きっと鮮明に残るはずです。

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