| 武田 |
田んぼの四季、虫たちの四季はどんなふうに変化を―。 |
| 滝沢 |
冬は、田んぼで冬眠している虫がいます。例えばコオイムシ。夏場は活動していますが、冬になると冬眠しますね。アカトンボは、卵で越冬しています。冬でも、いろんな生き物が生きています。4月、植物の芽が出始めるころになると虫たちも動き出し、農家も忙しくなる。そういう時期ですね。温度が上がって、稲のもみを蒔けるようになるので、田んぼに水を張ります。 |
| 武田 |
生物も活発になってきますね。 |
| 滝沢 |
苗代を作るために代掻きをしますが、そうすると、水の中にいた生き物たちが浮いてきます。それを食べにカラスもやってきます。代掻きの直後、たぶん1年でその日1日しかないと思っていますが、カエルもすごくうれしいみたいで、のどをふくらませて、人の目の前でも鳴いています。ツバメも虫を採りにやってきます。 |
| 武田 |
そして5月、田植えの時期。 |
| 滝沢 |
今まで、浅い池だった田んぼに、稲を植えたので、湿性の草地になります。ギンヤンマなどは、水の中に卵を産みたいけれど、産卵するのにつかまる場所がほしいんですね。稲が植わらないと産卵できない。ですから、田植えをすると、ギンヤンマが飛んできて産卵します。このころになると、ヤマアカガエルもやってきて、田んぼで産卵します。6月、梅雨時になると、稲がだいぶ伸びてきて、生き物もいろいろ育ってきます。冬の間に卵で越冬していたトンボが育ち始めて、6月末ぐらいから羽化が見られます。7月になると、稲は穂を作る時期で、背がぐんと伸びてきます。背の高い湿性草地になりますね。 |
| 武田 |
9月、稲刈りの季節になると―。 |
| 滝沢 |
田んぼの水を落とします。すると、それまでの湿地が草地に変わります。動物にとっては大変な変化ですね。それまで水の中で生きていたゲンゴロウやミズカマキリは、だいたい飛ぶことができますから、水を抜かれると飛んで逃げていきます。周囲にため池があったり、水路などがあると、そういうところに逃げていきます。そして10月。稲が刈られて、今まで草地だったのが裸地になります。 |
| 武田 |
こうして、四季の虫たちが気になるようになったきっかけは―。 |
| 滝沢 |
生き物好きな友人が、ある日「シュレーゲルアオガエル」の声を聞いたことがあるか、と聞いてきたんですね。その時、僕はわからなかった。そのカエルの名前も知らなかったんです。「え、そんなのうちの回りにいるの」という感じで。それで聞いてみて、初めて認識したんです。「いるじゃないか」と。それまでカエルの鳴き声はしていたけれど、気持ちいいなあと思っていただけで…。そこで「これじゃいかん」と思い始めて―。 |
| 武田 |
こんなに生物がいる、ということに気づく前、例えば、チョウは何種類ぐらい知っていましたか。 |
| 滝沢 |
モンシロチョウ、モンキチョウ、アゲハチョウしか知りませんでしたね。それから、2年間、自宅の庭でチョウを集めたらたくさんいて、標本にして―。なんだかチョウに申し訳ない気持ちになりました。今まで、どうして気づいてあげなかったんだ、僕は何してたんだ…と。 |
| 武田 |
トンボも季節ごとに、いろんな種類がいるそうですが。 |
| 久野 |
田んぼは、ものすごくたくさんのトンボを育んでいる環境だと思います。20種類以上はいますね。 |
| 武田 |
ひと・むし・たんぼの会では、「虫眼」に注目しているそうですが。 |
| 久野 |
虫というのは、意識しないと、なかなか心の中に入ってこないものなんですよね。目の前をトンボがふわふわっと飛んだとしても、何も考えずにぼーっと見ているだけでは、そのトンボの存在に気づかない。それが、例えば滝沢さんのように、自分の庭にこんなにチョウがいた、ということに一度気づくと、今まで気づいていなかったことにびっくりしてしまうんです。言われてみれば、こんなに豊かな世界が広がっていたんだ…と。この感覚を伝えるのも、僕らの会の活動の一つです。 |
| 武田 |
久野さんが実際に「虫眼」を感じたのは―。 |
| 久野 |
あまり意識しませんが、今でも「どうして、こんなものも見えていなかったんだろう」と感じることはよくあります。 |
| 武田 |
これからもっと「虫眼」で見てみたいですね。 |
| 滝沢 |
虫だけではないでしょうが、いろんなものに気を止めないといけない、と思います。 |
| 武田 |
水田というのは1年で劇的な変化を人為的にしています。それによって命を奪われる虫もたくさんいる、という認識もするようになりましたか。 |
| 滝沢 |
なりましたね。例えば、はじめ田んぼの虫を見始めた時は、水を入れることによってカエルもやってくるし、田んぼも豊かになる。水を入れることが田んぼのスタートだと思っていたんですね。今年は、水を入れる時によく見ていたら、冬の乾いた状態で田んぼの中にいた虫は、おぼれ死んでいて…。そして、田んぼの秋。水を落とす時は、トンボになりきれないヤゴなどは、いっぱい死んでいくわけで…。 |
| 武田 |
でも、それは滝沢さんだけでなく、ご飯を食べている我々も同じことで―。 |
| 滝沢 |
そういうものが自然というか―。トンボも、すべてがきちんとトンボになれるわけではないですし…。トンボによっては何回も卵を生みます。それにより、どれかが成虫になれればいい、という戦略を取っているので、死ぬことも前提で成り立っているんだろうとは思いますが―。 |
| 武田 |
でも、昔の日本人は、ご飯1杯食べるにも、いくつもの生物が死んだ結果―という意識をちゃんと持って「いただきます」「ごちそうさま」と言うようになりました。命をいただく、ということですよね。 |
| 滝沢 |
食べ物だけでなく、そういうものを食べて、つなげていく自分たちの命も大事にする。そこにいくと思いますね。 |
| 武田 |
そこが、「虫眼」でものを見るのと見ないのとは、大きく変わってくるでしょうね。 |
| 久野 |
もちろん、そうですね。特に、今の世の中はテレビゲームなどがあふれていて、子どもたちは、身近に田んぼが広がっていても、そういう田んぼの生き物を知らずに大人になってしまう。そうした世代が、もう親になっていく…。会でも観察会などを企画して、田んぼの生き物と接する機会を作っていこうと思っています。 |
| 武田 |
滝沢さんは、今農業をしていて、何か、ほかに感じていることは。 |
| 滝沢 |
回りでは、70代、80代の人も現役で農業をしています。その人たちは、体も大変だと思いますが、例えば、土手草刈りでも毎年、僕よりもきれいに、年に何回も刈っているわけです。そういうことによって、日本の自然、田園風景が守られてきた。今まで、誰もそこに光を当ててこなかったですよね。農家の仕事というのは、今までお米の値段だけでしか評価されてこなかった。本当は、そうじゃない、ということを知っていただきたいし、そういうことを誇りに思ってほしい、と思いますね。 |