2005年8月6日放送 

滝沢郁雄さん 久野公啓さん

ひと・むし・たんぼの会 『虫眼』で見えてくるもの

田んぼの四季 虫たちの四季

8月の田んぼは、青々とした稲が気持ちよさそうに伸び、風に揺れている。真夏の田んぼでは、どんな虫たちが、どんな暮らしをしているのだろう。
今回のいなまいニューススタジオは、7月に伊那市立図書館であった「ひと・むし・たんぼ展」(「ひと・むし・たんぼの会主催」の会場で、会員の滝沢郁雄さん、久野公啓さんに、たんぼの生き物たちの四季、会が取り組む「虫眼」について聞いた。

滝沢郁雄さん
 
信州大学農学部卒業後、有機農業に取り組む専業農家。伊那市西箕輪在住。

久野公啓さん
 
信州大学農学部卒業後、写真家、造形作家として、自然をモチーフにした作品に取り組み続ける。現在の主なテーマはたんぼの生き物。伊那市西箕輪在住。

変わり続ける田んぼ環境の中で
武田 田んぼの四季、虫たちの四季はどんなふうに変化を―。
滝沢 冬は、田んぼで冬眠している虫がいます。例えばコオイムシ。夏場は活動していますが、冬になると冬眠しますね。アカトンボは、卵で越冬しています。冬でも、いろんな生き物が生きています。4月、植物の芽が出始めるころになると虫たちも動き出し、農家も忙しくなる。そういう時期ですね。温度が上がって、稲のもみを蒔けるようになるので、田んぼに水を張ります。
武田 生物も活発になってきますね。
滝沢 苗代を作るために代掻きをしますが、そうすると、水の中にいた生き物たちが浮いてきます。それを食べにカラスもやってきます。代掻きの直後、たぶん1年でその日1日しかないと思っていますが、カエルもすごくうれしいみたいで、のどをふくらませて、人の目の前でも鳴いています。ツバメも虫を採りにやってきます。
武田 そして5月、田植えの時期。
滝沢 今まで、浅い池だった田んぼに、稲を植えたので、湿性の草地になります。ギンヤンマなどは、水の中に卵を産みたいけれど、産卵するのにつかまる場所がほしいんですね。稲が植わらないと産卵できない。ですから、田植えをすると、ギンヤンマが飛んできて産卵します。このころになると、ヤマアカガエルもやってきて、田んぼで産卵します。6月、梅雨時になると、稲がだいぶ伸びてきて、生き物もいろいろ育ってきます。冬の間に卵で越冬していたトンボが育ち始めて、6月末ぐらいから羽化が見られます。7月になると、稲は穂を作る時期で、背がぐんと伸びてきます。背の高い湿性草地になりますね。
武田 9月、稲刈りの季節になると―。
滝沢 田んぼの水を落とします。すると、それまでの湿地が草地に変わります。動物にとっては大変な変化ですね。それまで水の中で生きていたゲンゴロウやミズカマキリは、だいたい飛ぶことができますから、水を抜かれると飛んで逃げていきます。周囲にため池があったり、水路などがあると、そういうところに逃げていきます。そして10月。稲が刈られて、今まで草地だったのが裸地になります。
武田 こうして、四季の虫たちが気になるようになったきっかけは―。
滝沢 生き物好きな友人が、ある日「シュレーゲルアオガエル」の声を聞いたことがあるか、と聞いてきたんですね。その時、僕はわからなかった。そのカエルの名前も知らなかったんです。「え、そんなのうちの回りにいるの」という感じで。それで聞いてみて、初めて認識したんです。「いるじゃないか」と。それまでカエルの鳴き声はしていたけれど、気持ちいいなあと思っていただけで…。そこで「これじゃいかん」と思い始めて―。

「虫眼」 で
武田 こんなに生物がいる、ということに気づく前、例えば、チョウは何種類ぐらい知っていましたか。
滝沢 モンシロチョウ、モンキチョウ、アゲハチョウしか知りませんでしたね。それから、2年間、自宅の庭でチョウを集めたらたくさんいて、標本にして―。なんだかチョウに申し訳ない気持ちになりました。今まで、どうして気づいてあげなかったんだ、僕は何してたんだ…と。
武田 トンボも季節ごとに、いろんな種類がいるそうですが。
久野 田んぼは、ものすごくたくさんのトンボを育んでいる環境だと思います。20種類以上はいますね。
武田 ひと・むし・たんぼの会では、「虫眼」に注目しているそうですが。
久野 虫というのは、意識しないと、なかなか心の中に入ってこないものなんですよね。目の前をトンボがふわふわっと飛んだとしても、何も考えずにぼーっと見ているだけでは、そのトンボの存在に気づかない。それが、例えば滝沢さんのように、自分の庭にこんなにチョウがいた、ということに一度気づくと、今まで気づいていなかったことにびっくりしてしまうんです。言われてみれば、こんなに豊かな世界が広がっていたんだ…と。この感覚を伝えるのも、僕らの会の活動の一つです。
武田 久野さんが実際に「虫眼」を感じたのは―。
久野 あまり意識しませんが、今でも「どうして、こんなものも見えていなかったんだろう」と感じることはよくあります。
武田 これからもっと「虫眼」で見てみたいですね。
滝沢 虫だけではないでしょうが、いろんなものに気を止めないといけない、と思います。

ご飯1杯〓35匹のオタマジャクシ
武田 ご飯1杯〓米粒3千〜4千粒〓3株の稲〓35匹のオタマジャクシ、そうした例を集めたものがあるそうですが―。
滝沢 1杯のご飯を作るための稲の回りには、35匹のオタマジャクシがいます、ということですね。「農と自然の研究所」が2001年に日本の農家に向けて生物調査をし、その回答を平均化して一覧にしたものです。
武田 ミズカマキリは、1匹〓267杯。
滝沢 ミズカマキリはオタマジャクシなどをエサにしますので、育つのにとても広い環境が必要なんですね。ですから、ご飯に換算すると、たくさん必要になります。
久野 消費者が、地元のご飯3杯食べることによって、例えば、アカトンボ1匹が秋の空に舞う。そういう空を維持することにつながる―ということですね。そういうメッセージをこめています。

たんぼがはぐくむもの
武田 水田というのは1年で劇的な変化を人為的にしています。それによって命を奪われる虫もたくさんいる、という認識もするようになりましたか。
滝沢 なりましたね。例えば、はじめ田んぼの虫を見始めた時は、水を入れることによってカエルもやってくるし、田んぼも豊かになる。水を入れることが田んぼのスタートだと思っていたんですね。今年は、水を入れる時によく見ていたら、冬の乾いた状態で田んぼの中にいた虫は、おぼれ死んでいて…。そして、田んぼの秋。水を落とす時は、トンボになりきれないヤゴなどは、いっぱい死んでいくわけで…。
武田 でも、それは滝沢さんだけでなく、ご飯を食べている我々も同じことで―。
滝沢 そういうものが自然というか―。トンボも、すべてがきちんとトンボになれるわけではないですし…。トンボによっては何回も卵を生みます。それにより、どれかが成虫になれればいい、という戦略を取っているので、死ぬことも前提で成り立っているんだろうとは思いますが―。
武田 でも、昔の日本人は、ご飯1杯食べるにも、いくつもの生物が死んだ結果―という意識をちゃんと持って「いただきます」「ごちそうさま」と言うようになりました。命をいただく、ということですよね。
滝沢 食べ物だけでなく、そういうものを食べて、つなげていく自分たちの命も大事にする。そこにいくと思いますね。
武田 そこが、「虫眼」でものを見るのと見ないのとは、大きく変わってくるでしょうね。
久野 もちろん、そうですね。特に、今の世の中はテレビゲームなどがあふれていて、子どもたちは、身近に田んぼが広がっていても、そういう田んぼの生き物を知らずに大人になってしまう。そうした世代が、もう親になっていく…。会でも観察会などを企画して、田んぼの生き物と接する機会を作っていこうと思っています。
武田 滝沢さんは、今農業をしていて、何か、ほかに感じていることは。
滝沢 回りでは、70代、80代の人も現役で農業をしています。その人たちは、体も大変だと思いますが、例えば、土手草刈りでも毎年、僕よりもきれいに、年に何回も刈っているわけです。そういうことによって、日本の自然、田園風景が守られてきた。今まで、誰もそこに光を当ててこなかったですよね。農家の仕事というのは、今までお米の値段だけでしか評価されてこなかった。本当は、そうじゃない、ということを知っていただきたいし、そういうことを誇りに思ってほしい、と思いますね。

ひと・むし・たんぼの会
伊那谷の有機農家を中心に、農家や研究者らが集まり、虫たちとの出会いを楽しみながら、あるべき「農」の姿を考え、田んぼの価値をアピールする活動を継続中。年間を通じて、たんぼの生き物調査、観察を楽しんでいる。7月、伊那市立図書館で「ひと・むし・たんぼ展」を開催、たんぼの生き物の写真や、たんぼの四季を紹介した。

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