2005年7月2日放送 

松本大学教授 建石繁明さん

シリーズ環境世紀への提言 クマが山から下りてきた

クマの声を ドングリの声を聞く

全国各地でクマ出没のニュースが相次いでいる。先月、環境省が発表した昨年度の調査結果によると、クマ捕獲数は全国で2234頭。90年代の平均頭数941頭に比べ、約2・4倍に増えているという。
人間の前に出てきてしまったクマ。捕獲して人間から遠ざければ―というものではもちろんない。そこには、クマには関係ない、人間の現代生活の影響が見え隠れしている。クマ出没のニュースが私たちに告げるものは何か。クマたちの声に耳を傾けてみたい。
今回のいなまいニューススタジオは、クマをはじめ身近な動植物の生態に詳しく、常にカメラを手に、身近な自然界のありのままの姿を追い続けている建石繁明さんをゲストに迎え、山から下りてきたクマの声を聞く。

建石繁明さん
松本大学教授。元信州大学農学部教授。首にカメラ、足元は長靴というスタイルで身近な自然界のひとこまを撮影し続け、「長靴先生」の愛称で親しまれる。
昆虫や植物などのありのままの姿に自然界を見つめ、子どもたちに自然の実体験を、と力を注ぐ。

クマが増えたわけではない
武田 今年はクマが里山にたくさん出てきています。
建石 まず第1に、特に長野県の場合は、クマの生息場所にカラマツを植林してしまって、実がなるような、クマが喜ぶような樹種が、ほとんどありません。
武田 山の様相が、クマにとって変わってきてしまったと。
建石 クマを山へ帰してやっても、山にエサがなければ、また出てくるわけです。
武田 クマが住みにくい山になってしまった。里山の荒廃、ということも最近よく言われますが―
建石 里山に手を入れず、荒廃すると、クマは自分の山の続きとして里山を通って街まで来てしまいますね。我々の生活様式も全く変わってきてしまいました。農家の人は、仕事に出かける時、例えばトラックに乗っていって、また乗って帰る。犬は、何十年も鎖につながれている…。クマは里に降りてきても不快なものは何もないわけです。それに、里にはおいしいものが豊富にありますから、出てくるなと言っても出てこない方がおかしいぐらいで―。特に、里へ出てきたクマの大好物はトウモロコシ。人間の行動圏とクマの行動圏がほとんど重なってしまっていますから、出会う機会があるわけです。こうして出くわす機会が増えたからといって、かならずしもクマの数が増えた、ということではないと思います。
武田 クマの側からいえば当然の行動―。
建石 クマは猛獣で危険だ、という先入観を持たされる上に、一度も見たことがないクマが急に出て来たりすると、びっくり仰天してしまうわけで―。

ドングリが消える?
武田 クマのエサになるドングリなどの状況は―。
建石 今年、里や町にクマが出没しました。その一番の原因は、カシノナガキクイムシという虫ですね。地域によって、特に東北、北陸地方では、そのキクイムシにやられて、木が60〜70%枯れてしまったところもあります。そういう山に住んでいるクマは、エサがないわけです。
武田 このキクイムシは、もともと日本にいた虫ですか。
建石 いろいろ説はありますが、多くの研究者は、外来生物と言っていますね。昔は日本にいなかったそうです。普通、キクイムシの場合は、枯れた木につくと言われていますが、このカシノナガキクイムシは、生きている木もやっつけてしまう―。
武田 温暖化の影響など、ほかにもいろんな原因が言われていますが…。
建石 山の木の実は、なる年とならない年が、交互かあるいは2年ごとぐらいにありますから、その1年だけを見ていて、はっきりは言えませんが、山の動物たちは、そういうエサのなり具合によって個体数を維持しているわけですから―。マツ枯れの原因とされるマツノザイセンチュウなど、すでに日本全土に広がってしまったものは、農薬などで防除することはなかなか難しいです。どうして外から来た外来生物がはびこるかというと、日本に天敵がいないから。だから、天敵を導入して、それでなんとかするか―と考えても、時間的にかなりかかってしまいます。
武田 しかも、天敵でも、ほかの生物に影響を与えるかもしれませんから、難しいですね。
建石 そうですね。日本には、外来生物はたくさんきています。一番最初に入ったのはクリタマバチ。中国から入ったと言われていますが、日本に昔からあったシバグリ(栗)をほとんど絶滅させてしまいました。入ってきた当時は、鉄道の枕木や家の土台にクリの木が使われていましたから騒がれましたが、今は材として使われなくなったので、騒がれなくなって―。
武田 外来種については、相当注意をしないと大変なことになっていきますね。
建石 そうですね。クマが出てくるということも、すべて自然界の連鎖によってつながっていますから。我々が安い木材を輸入すると、それに虫も病気がついてくる、そして、日本の風土に定着して爆発的に増える―。だから、クマが悪いのではなくて、人間の生活です。一番は、生産と経済システム。そこが根本ですね。

無用なものはなにもない
武田 昨年は、全国で2千頭余のクマが捕獲されたそうですね。
建石 クマはとても心優しい動物で、向こうから襲ってくることはまずない。襲われた―というのは、人間の方に非があるわけですね。クマが住んでいる奥座敷だけでなく、クマのベッドの中までも我々がしのび込んで行く…。例えば北信地域で、ネマガリダケを採りますが、そこはクマの奥座敷ですね。それで怒らないクマはいないと…。
武田 人間は食料に困っているわけじゃない。困っているのはクマの方で、そこへ、さらに我々がしのび込んだら…。クマにとっては大変。
建石 外国の研究者の中には、日本のクマの絶滅を心配する声もあります。今、日本では、学校の近くにクマが出たら「子どもがやられたらどうする」「駆除」ということが強調されて、クマと共生するという考えにはなりにくい。クマが出てきたら、殺す―というのが、今の考え方の基調になってしまっていますね。
武田 かつての日本では、そういう発想はあったでしょうか。
建石 昔は、クマに会いたくても会えませんでした。山にクマの住み良い環境があって、クマのテリトリーを守って住んでいたわけですから。
武田 ひところ、佐渡でトキがいなくなって大騒ぎしました。今、九州では、ほとんどクマがいなくなったと聞いています。今のうちに何か対策を講じないと、トキと同じようなことになりかねませんね。
建石 クマを絶滅させるなんてことは簡単なことなんです。キクイムシやクリタマバチは絶滅させられませんが―。クマは蜜が大好物ですから、蜜で誘えば100%現れますから。
武田 私たちが、クマに対する考え方を改めないと、クマを絶滅の危機にさらしてしまうかもしれませんね。
建石 その可能性はありますね。この世の中に無用なものというのはないんですね。人間に都合が悪いと、害獣にしたり害虫にしたり、猛獣にしたり―。もともと、この地球上の害獣は人間ですよね。よく学生たちに話をするんですが、クマや鳥たちに、「この環境破壊をどうすればいいか」と聞くと「速やかに、人間が地球上から消えていただくこと」と答える―。これが最大の処方箋だと、野生動物も植物も言っている、と―。
武田 戦後60年経ちますが、ここ数年、自然、自然と多くの人が口にします。でも、自然との付き合い方の基本が問題―。
建石 やはり、今は経済最優先システムですから。こういう言い方をすると反対する人もいるかもしれませんが、私自身は、もう景気はよくならない方がいいし、日本という国土の定員がありますから、適正規模、自分で自分をコントロールするという新しい哲学が生まれてこなければ、と思っていますね。
武田 とにかく未来のために何か具体的なことを実行しないと。口で言っているだけではだめでしょうね。
建石 そうですね。問題なのは、戦後60年の教育の中で「自然」というものを認識させなかった。自然から遠ざかるような教育をしてきたことが、今、大変なことになっている。今、ゆとり教育、総合教育と言っていますが、それを展開できる先生たちを養成していません。食育もそうですね。食べることを手取り足取り教えなければならない、そういう状況にあると思います。それを「危機」として自己認識することが大事ですね。いつまでもお腹いっぱい食べることができて、世界中から食料が入ってくることは考えられないわけですから―。すぐに自給自足に切り替えることはできなくても、考え方としては、自分で自分の身を処する、ということが大切ですね。

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