2005年4月16日放送 

【上伊那輝く経営者:43】伊那ケーブルテレビジョン社長 向山公人さん

ケーブル網に描く未来地図

地域の情報を足元から

テレビから得られる情報は限りなく広がり、チャンネルの数も加速度的に増えている。世界の出来事も隣のことのように知る時代だ。そうした情報のグローバル化の一方で、きめ細かな地域の情報も不可欠。地震災害の例を見ても、テレビから得られる生の地域情報の重要さは、さらに高まっていくだろう。
伊那ケーブルテレビジョンは、そうした地域の要望にこたえ、さらにきめ細かな情報提供、発信をしていこうと、着実に歩み続けてきた。今回のいなまいニューススタジオは「輝く!経営者シリーズ」第43回。向山公人社長に聞く。

伊那ケーブルテレビジョン社長 向山公人さん
伊那ケーブルテレビジョン社長。約20年前、「東京のテレビが見たい」「ケーブルテレビならではの自分たちの手作りの放送を」と夢を描き、会社を設立。一軒一軒、加入者を増やし、伊那谷のケーブルテレビ草分け的存在となっている。父親の故向山一人氏はKOA株式会社創業者で国会議員もつとめ、地域に尽力された。長野県議会議員。伊那商工会議所会頭。62歳。

500軒からのスタート
武田 会社を始めた20年前、地域の皆さんのケーブルテレビへの認識はどうでしたか。
向山 ほとんどありませんでしたね。わかっていただこうとシステムを説明すると、よけいにわからなくなってしまう…。そこで、ケーブルテレビに入れば何を見ることができるか、内容を説明し始めて、ようやくご理解いただけるようになって。第1期をスタートした時、約500世帯をまず基盤にして始めましたが、大変でした。今は、おかげさまで2万3千世帯ほどに加入いただいています。日々、1世帯、1世帯ご加入いただいて積み上げてきた結果が、2万3千世帯ということになりました。現在、各地で始めているケーブルテレビは、市町村単位で一気に工事をしてしまうというのが普通になっています。でも、うちでは、会社が今あるお金、それに合わせてやってきましたから、例えば、伊那市でも3期、4期もに区分して、エリア拡大をしてきました。ですから、エリアをカバーするのに大変時間がかかりましたね。
武田 川を横切ったりするのにも大変だそうですね。
向山 そうですね。すべて許可を取らないといけませんので…。鉄道を渡す時にはJR、川を渡す時には国土交通省、とすべて折衝、申請をして。許可が出ないと使えませんから。図面、山の受信点への構築物許認可…いろいろやりながら、一つひとつ必要が出てくるので、法的なことを聞いては積み上げて。最初、「やろうか」と言った仲間は当時の青年会議所のメンバーでしたが、毎日仕事が終わってから集まって、毎晩毎晩作業して。「こんなことをしなければテレビが見れないのかなぁ」と…。

受信点を探して山を歩いて
武田 電波を受ける場所を探すのも苦労されたそうですが。
向山 1年半ほど、テレビのモニターとアンテナ、発電機を持って、このあたりの東、西側の山ほとんどを歩きました。最初は、どこか山の高いところへ行けば、電波が取れるのかな、と思って歩きましたが、結果的に高いところではなく、谷あいの場所で取れましたね。1年ほど過ぎて、いくつかのポイントに絞って、そこから、電波状況の調査をするのに、さらに1年かかりました。
武田 四季によってまた状況が変わってくるんですね―。
向山 怖いもの知らず、テレビ見たさに、ということでしょうね…。そして、受信点からできるだけそのまま持ってこようと、光ケーブルで伊那まで27`。当時、全国で、27`無中継というのは、伊那ケーブルテレビが最初でした。
武田 草分け的存在―。
向山 先輩としては、隣接する諏訪圏にLCV(レイクシティ・ケーブルビジョン)がありますので、困れば行って相談したり、お知恵をお借りしながら。
武田 そうして手作りで仕上げた申請書。これは、例えば外部に依頼すれば、大変お金がかかるものだそうですね。
向山 コンサルティング会社などに依頼すれば、今は3千万円とも聞いています。うちはほどんど手作業で、一番お金がかかったのはコピー代…。
武田 最初に電波を受けて映像が映った時は、どんなお気持ちで―。
向山 モニターテレビが並んでいる画面に一斉に映像がぱっと出た時は、それまでの苦労が報われて、一番感激しました。やはり、地元波に比べれば、東京キー局の映像はきれいではありませんでしたが、見えないものが見える喜びと、それまでやってきた苦労の過程が、その映像の中に含まれて受け取った、というか。万歳しました。
武田 東京のキー局の放送を受信、放送することはもちろんですが、自分たちでも地元から発信したい、という気持ちも最初から。
向山 そうですね。当然、ケーブルテレビの本来の目的「地域情報を担う」ということもありまして。先輩諸氏からは「最初から自主放送はやらない方がいい」「経費がかかって、会社経営が大変」という言葉がありましたが、どうせやるなら最初から自主放送をやろう、ということで、設立当初から自主放送に着手しました。これが、今は大きな柱になっていますし、やってよかったなと思っています。地元にいても「こんなこと、うちの街でやってるの」と知らないことが多かったり…。見ていて、自分でも勉強にもなりますし、地域の会合でも話題になって、うれしく思っていますね。

「道遠しと言えども行かざれば至らず」
武田 お父さんが政治家でもあり、企業人でもありましたね。ご自身では、影響を受けたと思っていますか。
向山 あまり意識はしていませんが、父親が好きな言葉に「道近しと言えども行かざれば至らず」というのがありまして、企業でも政治の世界でも、よく使っていました。これは、何事も実行しなければ、自分の願いも成就しないという意味ですが、その言葉が非常に印象に残っていまして―。このケーブルテレビも事業になるかどうかわからない、という中で、ふとこの言葉を思い出して「とにかく、やれるだけのことはやってみよう」と。大変支えになった言葉の一つですね。
武田 断念しようと思ったことも。
向山 ありますし、仲間からも不安な言葉が出て来たり…。私自身、責任上、事業にならないかもしれないことを続けるのがいいのか悪いのか、迷いもありましたが、今になってみると「よかった」。
武田 どんなふうに営業を。
向山 とにかく訪問して、ご理解いただかなければ加入していただけません。住宅地図をコピーして、それぞれが分担を持って、1軒1軒説明や、お願いをして回りました。私自身、一番回った年には、1年間に3千軒歩きましたね…。はじめは、ケーブルテレビへの理解度が低いわけですから大変でしたが、第1期、第2期が放送開始になって、皆さんの目に見えるようになってからは、だいぶご理解をいただくようになりました。

地域コミュニティの中で
武田 これからは、どんな方向で。
向山 ケーブルテレビの良さは、一つの地域コミュニティ。ただ、生活圏や経済圏が広域化し、産業でもグローバル化してきている中、情報網としては狭すぎるという問題があります。中南信のケーブルテレビ局の皆さんと光ケーブルをネットワークにつなぎ、昨年、伝送路実験として諏訪の御柱を放送しました。今年になって東北信でも光ケーブルがつながり、中南信と東北信をネットすることによって、県内10社で約33万世帯のネットワークが出来あがりましたので、県内全域や、もう少し広域的な情報提供をするなど、それぞれ目的に合わせて活用していきたいと思っています。
武田 県議会の中継なども計画されているそうですが、県民にまた新しいサービスができますね。
向山 そうですね。それと、地球規模で自然災害が起きていますから、火災情報を含めて緊急放送を近いうちにぜひ立ち上げたいと思っています。もう一つ大きく期待しているのは、遠隔医療です。病院、特別養護老人ホームなどに入所している皆さんの健康管理をしていきたい。これは、福祉的にも医療的にも役立つと思っています。ケーブルテレビの伝送路やシステムを提供して、行政の施策の中でやっていただきたいと、提案しているところです。高齢化社会になると、さらに必要になってくるのではと思っています。

伊那ケーブルテレビジョン
放送エリアは伊那市、箕輪町、高遠町、南箕輪村。約2万3千世帯の加入者に配信している。基本チャンネルは、自主放送をはじめ、民放再送信など11チャンネル。ホームターミナルチャンネル(BS、CS)16、ラジオ4チャンネル、さらにインターネットサービスも始め、情報提供の幅を広げている。
0265・73・2020
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