2004年12月18日放送 

理学博士 松島信幸さん

「地震と伊那谷」わたしたちは活断層の上で暮らしているA

きょうからできる防災 自然の変化を知ることが第一歩

新潟中越地震に続いて北海道でも震度5を記録するなど、全国各地で地震や断層、災害や防災への関心がさらに高まりつつある。対岸の火事としてではなく、自分自身のこととして自覚していかなければならないだろう。
今回のいなまいニューススタジオは、前回に引き続き、伊那谷の地層や断層に詳しい松島信幸さんをゲストに迎え、生活者の視点で断層や災害を考える。
写真:武田徹キャスター(左)と松島さん(工房信州SEASON南原モデルハウス内)

松島信幸さん
長野県内の小中学校で38年間、理科教師をつとめ、在職中から伊那谷各地の地質調査に歩き回った。現在、断層地図に記録されている伊那谷の断層のほとんどは松島さんが足で集めた断層の記録。理学博士。日本地質学会会員。伊那谷自然友の会常任委員。飯田市美術博物館客員研究員。高森町在住。

断層運動が伊那谷をつくった
武田 松島さんは、どうして活断層や地層に興味を。
松島 今から42年前、伊那谷で梅雨末降雨によって土砂災害が大規模に起きた36災害がありました。その前に、山ろくの扇状地を地質調査のために歩いたんですね。歩いていると、どうしても不思議なことがいくつか出てくる。例えば、中央アルプスから天竜川に向かって広がる扇状地の先端(写真@の中央に左右に伸びる緑色の帯)にある礫(れき〓石つぶて、岩石の破片)が、天竜川の中を流れているものよりも巨大で、ごろごろ積み重なっている。その礫は中央アルプスの方から流れてくるわけですから、洪水の時に天竜川の上流から流れてきたわけではない…。本来、天竜川が伊那谷をつくったんだろう―と常識的には思っていましたが、実は支流がつくっているんだ、と思ったわけです。
武田 興味深いですね。
松島 さらに、駒ヶ根市の場合、扇状地が一段上がって「駒ヶ根高原」という台地をつくっていますが、それと同じ古さの扇状地が、天竜川に近い先端部にあります。しかも先端部ほど標高が高い。その真ん中、国道153号近くには一番若い地層があります。
武田 ということは…。
松島 扇状地の先端が隆起していかないと説明できないわけですね。そういう働きをするためには、断層運動が地面の下にないと説明できません。といういろんな現象が、伊那谷ではたくさん出てくるわけです。

天竜川東側から見る駒ヶ根市の扇状地(手前に天竜川、奥は中央アルプス)

フィールド調査を積み重ねて
武田 断層や地層について、実際にフィールド調査をして、ご自身で気づいていくわけですか。
松島 そうですね。そして、さらによく見てみると、その盆地の真ん中に扇状地の礫層をスパッと切ってくる断層があって、その扇状地の礫層の上に駒ヶ根市では花崗岩の岩盤が、伊那市付近の場合は変成岩の岩盤がのし上がっているわけですね。そういうことを目の当たりにすると「これは活断層だ」と。その当時、今から40年以上前、まだ活断層という概念が普及していないころでした。
武田 まだ知られていなかったんですね。
松島 そうですね。それから後、活断層が認識され、一般の皆さんが活断層と地震が結びついて考えるようになったのは、阪神淡路大震災からでしょう。
武田 つい最近のことですね。
松島 地質、地形にとっても、「活断層」の調査は、まだ50年も経っていません。
武田 ということは、松島さんには、かなり先駆的なひらめきがあったんですね。
松島 ひらめき、というか、地質や地形を調べるためには、フィールドワークに徹底するしかないんですね。それしか、方法がないんです。研究室にいる専門の研究者は、もっと多面的な方法を持っているでしょうが、地元に住んでいるものにとってみれば、地元の地形、地質をきちんと認識していく、それを読み取っていくことです。そこでは、今まで教科書に書いてなかったことばかり出てくる。それをきちんと体系づけていけば、本当の伊那谷の生い立ち、その地殻変動の歴史がわかってくるわけです。

「よいところ地図」「問題点地図」
武田 これまでに、伊那谷を中心に徹底的に歩いてきた―。
松島 そうですね。一つの場所を徹底的にきちんと歩いてみると、その基本原則は地球全体に必ず共通性を持っています。
武田 実際に歩いて、危険なところにも家屋があると感じることも…。
松島 最近になればなるほど感じますね。宅地化が進んでいくのを目の当たりに見ていると、そこに住む人は、その土地の成り立ちなど全く知らない。危険な斜面ということがわかっていながら、または土石流が何度も発生していることがわかっていながら、そこに宅地造成していくことは、やや今の法整備が不備なんじゃないか、と。もう少しきちんとしていかないと、多くの人命にかかわることにつながる、といつも思いますね。
武田 そういう中で、自分たちで、自分たちが住む地域の危険個所を調べた地区があるそうですね。
松島 岡谷市の三沢という地区です。糸魚川静岡構造線の影響を受ける地域にあたります。地震はもちろん、土砂災害への警戒など、いざ災害が起きた時、どういうところが安全であるかを調べ、「よいところ地図」を作りました。この地域の人が、家族、家族の単位でちゃんとわかっていきましょう、と。例えば防災に役立つ空き地、水道が止まった時にどこにわき水があるか…などを記していますね。
武田 「問題点地図」というのは。
松島 崩れたら大変な石垣、交通事故注意の交差点、液状化しやすい場所…など、基本的な防災のための知識を皆が共有しよう、ということですね。それが、地域力を高めるための大事なものだと。
武田 もし地震がきたらどこに行けばいいかわかっていれば、全く対策が違いますね。
松島 そういうことですね。自宅にいた時、職場への往復でどんな道を通るか、職場の中ではどうか…何か起こった時、どうやって回避しなければならないか、というシミュレーションが常にないと、すぐに行動に移せませんね。こういうことが、今は抜けているんです。家ではサッシで閉めきられて外と遮断され、自動車で移動していて、自然に向き合っていないんですね。身の回りの山がどうなっているかとか、すぐ近くにどんな川が流れているか―そこにあまり興味関心がない。そういうことが、今、非常に薄くなっているんです。

岡谷市三沢地区で作った「問題点地図」

身の回りの自然を知ろう
武田 あまりにも便利な世の中になって、回りがどんなふうになっているか知らない人が増えすぎているかもしれません。
松島 まさにそうですね。特に、戦前に子ども時代を過ごした年代と、現在働き盛りの年代とのギャップはそこにあるんですね。若い世代は、都市化され、河川は完全に堤防で仕切られているという中で育ってきています。大切なのは、住む場所、働く場所など、自分たちがいる場所のことをしっかり認識することですね。それには、どうしても自分の目で確かめないといけない。それが第一歩であるし、すべてであるとも言えると思いますね。
武田 私自身、小さな畑のすぐ脇にあった川が鉄砲水のようになって、周囲の土が砂だらけになってしまった経験があります。地元のお年寄りに聞くと、過去に3回、鉄砲水があったという話でしたが…。
松島 今は、小さな川があふれた、とよく聞きますが、調べてみると単に排水路に落ち葉が詰まっていた―ということもあります。これは、自分で取ってみれば、すぐにわかることですが、それができない…。先端技術はよく知っていても、そういう原始的な知恵がどんどん失せていくということでしょうか。
武田 生活の基礎、知恵ですよね。
松島 そうですね。ですから、子どもには野外で冒険させれば、幼児のうちから興味関心がついていきますが、野外では危険が伴うからとなるべく公園に行く。そうして、身の回りの野外への関心がどんどん薄れていってしまいますね。
武田 子どものうちから、人が手をかけて安全にしている公園だけでなく、身の回りの野外にも出かけて、危険と安全がわかるようにしていかないと。
松島 そうですね。どうしてこんなところに家が、どうしてこんなところに道が―という場所をたくさん見ますね。今回、中越地震でたくさんの地盤災害がありました。崩れた場所を見てみると、災害が顕著なところは、道路造成、宅地造成したところがほとんどでした。
武田 地震ばかりでなく、川のすぐ近くに家を建てたり、危険なこともたくさんあります。人間が自然を支配できたような思想を変えていかないと…。
松島 今は、川は堤防の間を流れる、という仕組みになっていますが、ほんの数十年前、堤防がなかった時代は、川は自由に氾濫できたんです。それを仕切ってしまったことによって、いろんな現象があるわけですが、それに対する社会教育が非常に足りないと思いますね。
武田 とにかく、我々がどんなところに住んでいるか、確かめることが大切ですね。
松島 自分の身の回りをどんどん歩き回ってほしい。そこで「ここに亀裂がある」と、もしかしたら発見できるかもしれません。


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