| 武田 |
今日は久しぶりにマツタケを採らせていただきました。私は歩いていても分かりませんでしたが、藤原さんはすぐに分かりましたね。さすがプロフェッショナル。匂いがするんですか。 |
| 藤原 |
匂いがしますね。もう秋ですから。 |
| 武田 |
生えている場所も分かるんですね。長年の勘ですか。 |
| 藤原 |
毎年同じ場所に出てきますのでね。 |
| 武田 |
何年ぐらい、山の管理をされているんですか。 |
| 藤原 |
山を這って歩いて、もう少しで半世紀ですよ。 |
| 武田 |
ここは這って歩くぐらい急傾斜なところですからね。這って歩いて50年。しかもマツタケ一筋ですか。すごいですね。広さはどれぐらいですか。 |
| 藤原 |
借地林が50fぐらい。自分の山が10fちょっとあります。 |
| 武田 |
昔から、ここはマツタケがたくさん採れた場所ですか。 |
| 藤原 |
小学生のころはかなり採れていましたが、それから切りまして、今は2代目の森です。 |
| 武田 |
小学生時代というと50年以上前ですが、当時は、もっとありましたか。 |
| 藤原 |
そうですね。町が遠くて売ることはできない時代でしたからね。加工して佃煮にしたり、みそ漬けにしたりして食べていました。サンマを三切りにして、1年に2度ぐらいしか食べられませんでした。 |
| 武田 |
マツタケを食べることは、贅沢とは思っていなかったと。 |
| 藤原 |
贅沢ではありませんでした。サンマの三切りの方が貴重でしたね。 |
| 武田 |
当時は、マツタケが採れなくなった時期ですよね。 |
| 藤原 |
昭和30年ごろから、山の中のこの地区にもプロパンガスが入って来てね。ガスが入り、化学肥料が入ってきて、焚き物も山の柴もいらなくなり、山はどんどん荒れていく時代になりましたね。 |
| 武田 |
それまでは燃料や肥料を得るためにみんなが山に入っていて、山の手入れがされていたんですね。 |
| 藤原 |
それに里山は定期貯金代わりで、いざというときは木を売ればいい―と、大事に育てていた時代ですから。 |
| 武田 |
それが昭和30年代に入り、山に人が入らなくなってしまったんですね。 |
| 藤原 |
山に人が入らなくなり、今の経済状況の中で、日本の森は完全に置き去りにされた。経済から取り残されてしまった。 |
| 武田 |
藤原さんも、山が荒れていくのを見て、悲しい思いをされたのでは。 |
| 藤原 |
経済成長の中で「山を手入れしないか」と言っても、相手にしてくれないんですよね。 |
| 武田 |
最近になって「里山を大事にしよう」という風潮が多少出てきましたが。 |
| 藤原 |
15年前から言っていたんですが、私のような無学な人間が言っても犬の遠吠えですよ。だから肩書のある偉い方たちが、こういう風になる前に、山の重要性を強調しなければいけなんだと思うんですよね。 |
| 武田 |
最近は台風が来ると、土石流などの災害が起こりますが、山の手入れと関係があると思いますか。 |
| 藤原 |
山を放置したツケが来ているのではないかと思っています。水や空気の交換のために森が大事なことはみんな知ってるから、お金がないと言うんでなくて、森を守る特殊な税金も必要だと思うんですよ。 |
| 武田 |
ここは本当に気持ちいいですもんね。藤原さんは町に行くと空気が悪くて呼吸困難になるとか。ここでいい空気を吸っていると、町の空気は汚れていますか。 |
| 藤原 |
カラスが鳴かない日はあっても、私が山へ上がらない日はないというぐらい、仙人のような生活ですからね。町に行きますと排気ガスの臭いが鼻についちゃうんですよ。 |