2004年11月20日放送 

【上伊那輝く経営者:37】 信州ウエイスト社長 小林孝行さん

廃棄物処理の信州ウエイスト ゴミ処理業からリサイクル業へ

すべて資源 みんなでリサイクルを考えよう

「循環型社会」という言葉は、21世紀を象徴するキーワードの一つ。資源が乏しい日本では、ごみは不要なものではなく、すべて資源―という認識がさらに必要になってくるだろう。
そんな中で、家庭や企業から排出されるプラスチックをできるだけ資源として活用するべく、その道すじの先頭に立つ企業がある。今回のいなまいニューススタジオは「輝く!経営者シリーズ」第37回。廃プラスチックのリサイクルに力を注ぐ信州ウエイスト社長、小林孝行さんに聞く。
写真:武田徹キャスター(左)と小林さん(箕輪工場事務所内)

小林孝行さん
信州ウエイスト社長。紆余曲折を経て、平成元(1989)年、廃棄物処理運搬業として起業。「処理業ではなく、リサイクル業として」の自覚を持ちながら、時代に添ったリサイクルを実践し続ける。これからを担う子どもたちに循環型社会の構築を託したいと、資源やリサイクルの現状、法律などを簡単にまとめた資料を手作りし、見学に訪れる子どもたちを積極的に受け入れる。61歳。

「埋める」「燃やす」から「リサイクル」へ
武田 こちらの仕事を始めたのは―。
小林 平成元(1989)年からになります。知人の環境コンサルタントに薦められて、それまでのプレス業の仕事から転進しました。
武田 起業と言っても、簡単なことではないと思いますが。
小林 産業廃棄物処理の許可を取るために、いろんなところで勉強してきました。そのころは、産業廃棄物は穴を掘って埋めるだけという処分方法でしたから、なんとか焼却して、なるべく小さなものにして、コンクリートでマスを作り、屋根をつけたりした最終処分場を作ろうとしたこともありましたが、地域の反対などでうまくゆかず…。結局、焼却だけという処理から始めました。
武田 昔は、本当にただ埋めてしまおうという方法だけでした。
小林 そうですね。とにかく目の前からなくしてしまおうと。
武田 それから、燃やそうということになった。そして、ダイオキシンの問題が―。
小林 この仕事を始めたころから、一般廃棄物の処理場でもダイオキシンの発生が心配されていました。でも、それほどおおげさには騒がれていませんでしたね。
武田 そして「燃やす」から「リサイクル」へ。
小林 5、6年ほど前からですね。焼却する時、ダイオキシンが出ないように、塩素系の樹脂をすべて除くことをしてきました。それによって、ダイオキシンの発生はないだろう―と進めてきましたから、リサイクルへの転換はかなり容易にできたと思っています。
武田 過去を振り返ると、昭和40(1965)年過ぎから使い捨ての容器などが出回り始めましたね。そのころ、紙でできたお茶の容器を使うには抵抗がありました。でも、不思議なもので、今は、それが普通になってしまいました。
小林 そうですね。使おう、使おう、捨てよう、捨てよう―ということでした。それが政府の方針で、資源のない国だから、なんとかリサイクルしようという風潮になってきましたから―。

ガラスびん、缶、生ゴミなど容器包装リサイクル法のプラスチック対象外のものを人海戦術で分別していく

分別されたプラスチックは、圧縮・梱包され、リサイクル業者へ運搬される

子どもたちに伝えたい 知ってほしい
武田 こうした仕事の現場から、一番お願いしたいことは、どんなことですか。
小林 やはり、すべて資源だと思ってほしい。資源だと思うには、例えば、プラスチックに生ごみが入っていてはいけないとか、汚れたものが入っていてはいけないと決められていますから、それを守って出していただければ。以前は、こちらに持ち込まれるプラスチックのうち、12〜13%が非対象物でした。今は7〜8%。今でも、生ごみが入っていたり、カン、ビンが入っています。
武田 個人のレベルで、しっかりと分別してくれれば―。
小林 そうです。そうすれば、人件費もかからずにすむと思いますが…。
武田 使ってしまったものは、家から外に出してしまえばいい、あとは誰かがなんとかしてくれる―というような意識がまだまだあります。そういう意味では、やはり処理するにはコストがかかる、というのは大事な視点ですね。
小林 リサイクルというのは、お金がかかっていきます。特にいろんな種類のプラスチックが混ざっている場合には、リサイクルが容易にできません。
武田 そんな中で、こちらに小学生が訪れて現場を見れば、意識も変わっていくでしょう。
小林 そう思いますね。ありがたいのは、小学生に教えたことが、家に帰ってお父さん、お母さんに「こういうものはだめ」と言ってもらえたり―。意識がある先生はこちらへ見学に来ますが、地域によっては来ないところもあります。自分たちの地域のごみがどうなっていくのかを知るということを、教育の一つの方針として取り入れていってもらえれば、循環型社会の構築につながっていくと思いますが。
武田 物がない時代に生まれ育った世代は、資源についてもわかっていますが、物が豊かな時代に育った世代は、物を大切にするという意識は薄れてしまっているということがありますね。
小林 そうですね。捨てる、捨てる―ということで。
武田 たくさん消費して、たくさん捨てた方がいい、というような…。そういう中で、子どもたちが、ここで実際にごみの分別などを見て、気付いていくことは、とても大事なことだと思います。
小林 会社としてもありがたいことですし、これから先、資源のない日本をなんとかやっていく方法の一つとして、そうした教育は大事なことだと思いますね。
武田 これまでも漠然とごみは資源、というイメージはありましたが、こちらの現場を見ると「やはり分別はしっかり」「これが資源になっていくんだ」―と実感して、見方が変わっていくのがわかります。

見学に訪れる小学生に説明するため、難しい法律などにふりがなをふり、わかりやすく工夫したボードを用意

資源がない国だからこそ
武田 起業した時から、「リサイクル」という考えはありましたか。
小林 最初からはありませんでした。途中からは「これからはリサイクル」と。それから、めまぐるしく法律が変わっていくので、それについてゆきながらリサイクルを、というところです。
武田 日本の廃棄物が、海外に運ばれているという話も聞きました。
小林 これまでは中国へ運ばれていましたね。今は、インドやバングラデシュなどに運んで、リサイクルしているものもあります。
武田 日本で使ったものは、やはり日本で処理するべきでしょうね。
小林 そうですね。日本で出たものをわざわざ海外へ運ぶのではなく、日本でできないはずはないですから。
武田 これから、ますますリサイクルに対する考え方を変えていかなければなりませんが、処理業者の側でも新しい機械の導入などによって、リサイクル率が高まっていく見通しはありますか。
小林 それは間違いなく高まっていきます。実際に今、リサイクル率はどんどん上がってきています。それと、リサイクルをちゃんとしてくれる最終処分施設が新しいものに変わってきています。日本は資源がありませんからね。
武田 日本の未来のために、こうした企業が21世紀型企業と言えるでしょうね。
小林 そうなるよう、がんばっていかなければならないと思っています。日本は全く資源がないわけですから。

【株式会社信州ウエイスト】
廃棄物中間処理業。家庭や企業から排出されたプラスチックなどを再資源として活用するため、分別、梱包、破砕処理を施し、リサイクル業者へつなげている。
本社=伊那市西春近▽処理工場=箕輪町木下(広域農道沿)
0265・73・9533
http://www.shinsyu-wasteco.com


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