2004年9月11日放送 

池上房男さん 小坂樫男さん 小松実治さん

伊那谷ハチ談義A
「伊那谷のすがれ追い」 ハチ文化が息づく里山に暮らす

子供たちに伝えたい 野山を駆けてわくわくする体験を

ハチ好き、すがれ好きにとってたまらない季節が近づいてきた。秋の深まりとともに、すがれの巣は大きく育ち、次の世代に命をつなぐための準備を始めるからだ。伊那谷では、大切なたんぱく源として、すがれを大切にしてきた。それとともに、野山を駆けて、すがれの巣を探し、庭でその成長を見守るという、自然や生き物と一緒に季節を感じる独特の文化も醸成させてきた。一方で、自然環境の変化とともにハチたちの環境が、私たちの生活環境の変化とともに、ハチや自然とのかかわり方が変わりつつある。
今回のいなまいニューススタジオは、伊那谷ハチ談義の第2回。前回ゲストに迎えた池上房男さん、小松実冶さんに、ハチの市長として知られる伊那市の小坂樫男市長も加わり、伊那谷のハチ文化について語り合った。
写真:左から武田キャスター、池上さん、小坂さん、小松さん(池上さんの自宅にて)

小松実治(こまつ・じつじ)さん
養蜂家。1950年から養蜂を営む。ミツバチの小松さんとして、伊那谷では有名。
蜜の販売だけでなく、蜜ろうの置き物を作ったり、知的障害者授産施設に巣箱の製作を依頼するなど、多方面に活躍。ミツバチを介して幅広い人脈を持ち、「ハチがいろんな縁をくれた。本当に感謝」と話す。72歳。伊那市在住。

池上房男(いけがみ・ふさお)さん
昭和22(1947)年にミツバチを飼い始め、以来今日までミツバチとともにある。経営、教育、その他さまざまなことをミツバチから学び、自身の教訓にし、感謝し続ける。
「『みる』とひと言でいっても、いろんな『みる』がある。『みる』だけでなく考えることが大事」と、91歳になった今もミツバチから学ぶ姿勢を忘れない。大明化学工業株式会社取締役相談役。南箕輪村在住。

小坂樫男(おさか・かしお)さん
伊那市長。ハチの市長として知られ、すがれ追いでは名人級の技を持つ。自宅庭ですがれを飼い、自らすがれ料理に腕を振るう。伊那谷を舞台に制作された映画「こむぎいろの天使―すがれ追い」では、ふるさとシネマとしての成功に尽力、すがれ追い場面に出演も。自然や生き物とたわむれ、楽しむことの大切さを見直していきたいと話す。
伊那市地蜂愛好会顧問。69歳。

わらぞうりでハチを追った子供時代
武田 池上さんが小さいころのすがれ追いは―。
池上 小学校4年生ころから、5月になると学校から帰ってカバンを放り投げて、ハチ釣りに飛び出しましたね。女王蜂をマッチ箱に入れて、薬屋でもらった広口のビンに働き蜂を入れます。その前に巣を作る場所を用意しておいて、先に女王蜂を放すと、次の朝ずっと見回りをしている―。これを見るのが楽しみなんですよ。秋になると『透かし』と言って、空を飛ぶすがれを見るわけですね。すがれはまっすぐに巣に飛んでいきますから、飛び方によって、巣の場所を見つけることができます。複数のすがれの飛び方を見ていて、進んでいく方向の接点に必ず巣がある、と…。
武田 池上さんが子供のころというと大正時代になりますが、そのころのすがれのエサは。
池上 トノサマガエルですね。その肉をだんごにして、真綿で縛って、その先に綿をつけます。そこへ、すがれが肉を取りに来ますが、最初来た時には肉を運ばせるんですね。そうすると必ずまた来るから、2回目に来た時に綿をつけた肉を運ばせる。そして、追っていくわけですよ、わらぞうりで。もう、膝から下は傷だらけになってね―。

春、山から取ってきた巣を木の箱に入れ、秋まで庭で飼う。すがれの『通い』(巣を大きくするために箱の中の土を持ち出したり、エサを運んだりする働きバチの巣からの出入り)を毎日観察して巣の中の様子を想像しながら、大きくなった巣を掘り出すその日を待ちわびる(写真は小坂市長の自宅庭で飼っているすがれの巣の出入り口)

はじめて巣を見つけた感激は今も
武田 小坂市長のころは、どんなすがれ追いでしたか。
小坂 初めてすがれの巣を見つけたのは小学校1年生の時です。その感激は今でも忘れませんね。当時は、家の周囲では、すがれを飼うというのが年中行事のようになっていましたから、巣が小さなうちに見つけて掘ってくるわけです。セルロイドを巣の前でいぶして(すがれが気を失っている間に)巣を掘って家の庭で飼って、巣を大きくする。これが、当時の夏から秋にかけての遊びでもあり、私は文化だと思いますね。
武田 巣を取る時に刺されることもありますよね。
小坂 あります。いぶした煙が効いていなかったり、巣がわからなくなったりも…。
武田 自宅で飼うだけでなく、自然の中にある巣を取りに行くことも。
小坂 山あり、谷あり、川あり―。足を擦りむきながら。すがれ追いには走り方もあるんです。足を前に出すというより、上へ上げて走る。障害物があっても進めるように。
武田 膝を高く上げて、上下にピョンピョン跳ねるように行くわけですね。その走り方は、先輩が教えてくれるんですか。
小坂 いいえ。自分で、自然にですね。1`くらい追っていくこともあります。秋になるとどんどん遠くなって、しかも高く飛ぶのでわかりにくくて―。
武田 小松さんは、どうして養蜂業に。
小松 上伊那農業高校に行っていた時、父親が「今は蜜の値がいいから、やれ」と。ところが、2年ほどしたら、砂糖が入ってきて大暴落してしまいましたが。
武田 今はどうですか―。
小松 この2、3年、自然食品ということで蜂蜜の需要は増えています。増えているけれど、国産の蜜は不足しているという状況ですね。自然界とかかわっているということになると思いますが。

小坂市長が出演した映画「こむぎいろの天使―すがれ追い」の一場面。真綿をつけたすがれを追っていく

生態系にとって重要な生き物
武田 伊那谷の人がすがれ追いに、こんなに快感を覚えるというのは、なぜだと思いますか。
小坂 追って行って巣を見つけた瞬間の喜び。これはもう、実際にやってみないとわからないですね。
池上 見つけた時の「やった」という、あの気持ち。これは、今の子供にとっても大事なことだと思います。
武田 ハチは刺しますが―。
小坂 刺すからいいんですね。怖いということもわかるし、ハチは刺すことで防御しているわけですから。
武田 だから、おもしろい。刺されたことは。
小坂 もう何回も。
武田 ハチは刺すから怖い、という人もいますが、実際にはハチがいなかったら受粉できないなど困ってしまう。自然界の生態系にとって重要な生き物ですね。
小坂 植物のためには、絶対に必要なものです。
池上 それが、だんだんハチが少なくなってしまったから、小松さんがやっているようにハウスの中へハチを入れて人工的に受粉しなければいけなくなってしまったんですね。
小松 ハウス用のハチというのがいて、例えば上伊那にあるイチゴ園は、すべてうちのミツバチを使っています。イチゴからは蜜がほとんど取れないので、ハウスの中に入ったミツバチは自然消滅的に減っていきます。

自然界の変化に敏感
武田 昔と今と、すがれの数はどうですか…。
小坂 昔よりは少ないと思いますが、昆虫ですから、自然界の条件によって爆発的に増える時と全くいない年があります。非常に自然界に敏感です。例えば今年の場合、平地には巣がない。山の高いところに行かないと巣がない、という状況のようです。いろんな自然界の条件が影響していると思いますね。
池上 気候とは非常に関係がありますね。ミツバチもそうです。
武田 私自身、この10年ほど、気象が激しく変化しているように感じています。花も今までと違った咲き方をしてしまうと、ハチたちにも影響しますね。
小坂 今年の夏は異常に暑かった。あまり暑くてもいけないし、雨が降りすぎても…。条件というのは微妙なんでしょうね。それと、巣を作る時期と気象というのも大きく関係するでしょう。
武田 すがれの女王蜂が越冬するための木の洞なども、なくなったら大変。
小坂 そうです。それに、冬、寒さが厳しかったり、温度の変化があると、越冬できないということもあります。

子供たちへ
池上 今の子供たちは自然に親しむことがないですね。すがれを追っていても、考えることがたくさんあります。例えば、肉につける綿が大きすぎると、すがれが重くて途中で止まってしまう…。そこで考えて、綿の大きさを適当にして、その統計を取っていくわけです。それが非常に大事なんです。小さいころ、コマを自分で作りました。なかなかうまく回らないので、かんしゃくを起こしていると、縁側で見ていた母がにやにや笑っている。そして「コマが悪いんじゃない。考えなさい」と言うんですね。「こうしなさい」とは絶対に言わなかった。次の日になってやってみると、回るようになった。バランスを取ることを知ったわけです。今は、できたものを使うから、物を作る時に考えるということをしませんね。それが抜けているんです。
小坂 伊那市には地蜂愛好会があって、地球元気村(8月28―29日・伊那市)でも「ナゾのすがれ追い」という講座を開きました。
武田 このすがれ追いも、なくならないようにずっと伝えていきたいですね。


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