| 武田 |
松尾峡は山と天竜川にはさまれた場所。こういう環境はホタルにとっていい環境と言えますか。 |
| 勝野 |
そうです。諏訪湖の水がここへ流れてきますので、その水質が、いろんな水生生物を育ててきたわけです。 |
| 武田 |
辰野のほたるまつりが有名ですが、昔からたくさんホタルがいたそうですね。 |
| 勝野 |
こういう地形ですから、昔のほうが多かったですね。大正時代に県の天然記念物に指定されていますが、全国的に見ても大正時代に指定されて、今も残っているものはほとんどありません。 |
| 武田 |
ここは、ホタルが発生しやすい条件がそろっているということですね。 |
| 勝野 |
ここから伊那谷の水田地帯が始まるわけです。その水田に水を流す用水路が、とても安定したホタルの住み場所になります。昔は、天竜川の川幅が広くて、蛇行して流れていましたから、天竜川にも、たくさんホタルがいました。 |
| 武田 |
松尾峡では水路を蛇行させている場所がありますね。理由は―。 |
| 勝野 |
ゲンジボタルの場合は、流れの中に住みます。餌になるカワニナもそうです。それで、蛇行させて水路面積を広くして、ホタルたちの生活空間を広げているわけです。 |
| 武田 |
流れの中に住むホタルは、とても珍しいそうですが。 |
| 勝野 |
世界には2千種類のホタルがいますが、水中で生活するものは数種類。しかも、特に流れに住むものはゲンジボタルなど、ごく限られた種類しかいません。 |
| 武田 |
水路の下には石が敷いてあって、側面も石積みになっていますね。これもホタルのための工夫―。 |
| 勝野 |
川底には石灰岩の砕石を敷いてあります。カワニナを育てるためのものですね。カワニナは貝殻を作るので、カルシウムが必要になるんです。おまけに、日本の場合は火山列島ですからカルシウムが非常に少ない。ですから、石灰岩を敷いてやるわけです。 |
| 武田 |
泥を嫌うとも聞きましたが―。 |
| 勝野 |
石を積むとどうしても泥が溜まりやすくなります。泥が溜まると酸素不足になりやすいので、カワニナやホタルの幼虫が住めなくなってしまうんですね…。 |
| 武田 |
昔はホタルが乱舞していた松尾峡。ホタルが少なくなってしまった時期もありましたね。 |
| 勝野 |
諏訪湖の周辺が発達して、生活雑排水や工場の排水などが流れるような時代に変わってきてしまったわけですね。河川も堤防を築いて川の部分を圧縮してあります。こういう条件を変えてきたということです。 |
| 武田 |
勝野さんがホタルの復元に取り組み始めたのは、いつごろからですか。 |
| 勝野 |
ホタルそのものに取り組み始めたのは昭和30(1955)年ですから、ちょうど今年で50年になります。辰野町と一緒に松尾峡に蛇行する水路などを作り始めたのは、30年ぐらい前からになりますね。 |
| 武田 |
ホタルだけを復活するというより、全体の環境が整わないと難しいでしょうね。 |
| 勝野 |
そうなんです。カワニナにしても、カワニナの餌が必要になります。カワニナは石につく珪藻を食べますが、昔のように農家の人たちが草を刈るとか、山から薪を取ることもなくなって水路に陽が当たらなくなって、珪藻がつきにくくなって…。ですから、今は人間が管理をして、草刈りをしたり、適当に木も切ったり―。成虫になると、昼間の隠れ場所として木が必要になりますが、成長する段階では、よく陽が当たって珪藻が育ってカワニナが育って、ホタルが育つ―という食物連鎖がきちんとできるようにするわけです。 |
| 武田 |
大正時代は人間も小動物も含めた食物連鎖が機能していたけれども、それを壊してしまったから、人間がある程度もとに戻さなければいけない―ということですね。 |
| 武田 |
昭和40(1965)年、ホタルがほとんど見られなくなった。そのころ、松尾峡のホタル復活が本格的に始まったということですね。 |
| 勝野 |
用水路で調べたところ、3年間で3分の1ぐらいに幼虫が減っていました。昭和30年に松尾峡で見たホタルは本当に素晴らしいものでしたから、減ってきたことを知って復活に意欲を感じて―。 |
| 武田 |
昭和45年に大沢の清水を用水路に。地元の反対はありませんでしたか。 |
| 勝野 |
どうしても、沢の水を入れると用水路の水温が下がってしまうので、農家にとっては不利益なんですが、地元の人たちは協力してくれて実現できました。 |
| 武田 |
大発生が昭和50年。10年がかりで成果が上がったということですね。 |
| 勝野 |
最初に水路へ水を入れた後、幼虫が上がってくる数を調べたり、カワニナの数を調べたところ、だいぶ増えたことがわかったので、休耕田を利用して養殖の水路に。 |
| 武田 |
たとえば、今の状態をもっとよくするには―。 |
| 勝野 |
ふだんの手入れをきちんとすることですね。同じ草でも成虫の時には大事な昼間の隠れ場所になりますが、幼虫になるとカワニナや珪藻が育つ日当りが必要―。季節ごとに管理をしていくことが大事です。ホタルの光は弱いもので、月明かりでも飛ぶ数が少なくなるとも言われます。木を植えて人工の光を遮る配慮必要でしょうね。 |
| 武田 |
ホタルを復活させる時、ホタルはどんなふうに集めて―。 |
| 勝野 |
町の中の水路を丹念に歩きました。だいたい水際のコケに産卵していますから、水路の上流から下流に向かって歩いてメスを集めて産卵させて…。昭和30年代、1シーズン300万匹のホタルが飛んでいたという東京の椿山荘にお願いして、こちらからコケを持っていって、そこに産卵してもらう方法で集めたりもしました。 |
| 武田 |
今の自然環境を見ていて、どんなことを感じますか。 |
| 勝野 |
人間はいろんな生活の利便性を求めて、生活が豊かになってありがたいことですが、やはり自然のものとも共存できるような社会づくりも必要だと思いますね。ただ、用水路を土側溝に戻すことなどは簡単にできる時代ではありませんから、いきものに配慮した工法を作り出していかなければと思っています。 |