2003年12月27日放送 


2003年総集編 重大ニュースで振り返るこの1年

2003年を振り返る 住民の本音はどこに

いなまいニューススタジオ放送開始から3年。今年は、計52回の番組を放送することができた。通算150回目となる今回は、市町村合併に揺れた2003(平成15)年を、竹村編集長、毛賀沢記者とともに振り返る。
写真:左から 武田徹キャスター 竹村編集長 毛賀沢明宏記者

竹村編集長の重大ニュース
武田 今年は選挙が多い年でした。一連の選挙で、顔ぶれは大きく変わりましたか。
竹村 衆議院選挙の宮下一郎さんもそうですが、県議選でも、9期務めていた小田切議員が引退され、新人の争いになりました。かなり入れ替わったという印象があります。
武田 産廃問題にも新たな展開が。
竹村 上伊那では、伊那の西部産廃問題と駒ケ根の産廃。いずれも飯田の地裁でずっと争っていましたが、どちらも住民側の主張が認められて、業者は操業を止めるよう判決が下りました。両方とも、業者側が控訴し、伊那の西部産廃問題では東京高裁でも地裁と同様に住民側の全面的勝訴となっています。しかし、業者はまた上告して、最高裁まで上がっています。時間がかかっていますね。
武田 産廃を処理する何らかの施設は必要という状況もあるわけで、来年以降注目したいですね。
竹村 そうです。
武田 今年は、新しく「輝く!経営者」キャンペーンも始まりました。
竹村 昨年暮れに、ものづくり産業戦略会議が県の新しい産業像を提言し、今年2月には上伊那の産官学で構成する委員会が、上伊那の新しい産業像及び振興策を提言しました。我々も地元の報道機関としてそういう動きに合わせ、上伊那ではそれらの提言に合った、どんな経営者の方がいるのか、ということで始まったものです。本当に地域のオリジナリティに目をつけて、この地域の産業としてがんばっている経営者の方々を紹介させていただいて、多くの反響が届いています。
武田 しかも、地域内で連携して、また新しい何かができる可能性もありますね。今まで、地域外と取引をしていたところが、地域内でできることがわかれば、効率が良くなる―ということもあります。

毛賀沢記者の重大ニュース
武田 毛賀沢記者も地場産業の振興について、いかがですか。
毛賀沢 「輝く!経営者」キャンペーンで、多くの企業を同僚の記者たちと一緒に回らせていただきましたが、毎回発見の旅でした。地場産業で大きな動きが出てきていることを皆さんにお伝えしたかったですね。
武田 一番大きな動きというと、どんなものがありますか。
毛賀沢 「森世紀工房」という長野県が始めた事業の中で、県産カラマツを使って無垢(むく)の家具を作ろうと、上伊那の皆さんが中心になってやっています。また、信州の木で信州の家を作ろうという動きも出ています。木こりから、プレカット業者、設計者、左官…全部の皆さんが一つのネットワークを組んで、信州の木で質のいい信州の家を作ろうというものです。それから、薪を地元の山から持ってきて供給しよういう動きもあり、森と地場産業が共生して発展していこうという動きがあると思います。
武田 森林にとってもいいことですね。
毛賀沢 そうですね。あと、製造業もかなり意欲的で、昔は下請けだったところが、高い技術力で世界に出て行こうという企業がたくさんあります。そういう方々が、協力しあってやっていこうという動きも出てきています。
武田 パソコン汚職。これも話題になりました。
毛賀沢 県伊那建設事務所が事件の舞台だったので、裁判のたびに長野の地方裁判所に出向いて取材を続けてきました。奥の深い、闇の深い事件だったということが、あらためて裁判を通じて明らかになったと思います。実は、100%談合されていて、その談合で落札予定業者になると、その業者に県の職員が落札価格を教え、その代わりに県が使う資材を提供してもらう―そういうことが仕組みとして出来てしまっていた。これは、事件発覚の時から問題になっていたことですが、裁判の中であらためて浮き彫りになってきたということで、意義が大きかったと思います。とりわけ、今年は入札制度が大きな問題として議論を呼んでいるところです。なぜ入札制度を変えなければいけないのか。その原点は何なのか、ということをはっきりさせてきた裁判ということでも、大きな意義があったと思います。
武田 スポーツでは明るい話題もありました。
毛賀沢 辰野高校が松商学園に勝った。これにつきます。積年のうっぷんを晴らしていただいた、という気持ちでした。取材に行って、スタンドで涙、涙で…。
武田 地元としてはうれしいですね。来年はもっとがんばってほしいです。それから、選挙については―。
毛賀沢 県議選で1票差問題がありました。一度開票した上伊那の票を調べ直して、大変でした。
武田 有権者の1票が、いかに大きいかということがわかりましたね。
毛賀沢 この1票をどれだけ真剣に書かなければいけないかということが浮き彫りになったということで、大きな出来事でした。

身近になった県政
武田 この1年の県政については。
竹村 今までは地方事務所単位というか、地元、地域のことしか考えてこなかった傾向がありましたが、県単位で考えるようになったという印象はありますね。伊那毎日新聞では、毛賀沢記者が長野県庁へ取材に行くようになりました。それに象徴されるように、地方が県のゆくえ、動き、経済、財政に目を向け始めた、真剣に考え始めた年なのではないかと思います。ですから、来年が楽しみになっています。
武田 毛賀沢記者もこちらから何度も県庁へ取材に行かれたそうですが、これも、記者クラブが非常にオープンになって、取材しやすくなったということもありますね。
毛賀沢 そうですね。表現センターに行けば、誰でも書いていられますので、それは大きな違いだと思います。今年は、月に15回ほど県庁に通った月もありました。
武田 県庁が身近になったという体感もあるでしょう。
毛賀沢 はい。議会などの取材に行くと、表面的な対立場面は今もありますが、実質的な議論をやろう、という気風も出てきていることを感じます。

市町村合併に揺れた1年
武田 実際、住民の意向調査の結果が出てみて、こんなに反対が多かったのか、とあらためて驚きましたか。あるいは、予想していましたか。
竹村 こういう結果になるのでは―と、ある程度は予想していましたが、これほど大きな差になるとは予想しませんでした。
武田 地元の住民の反応は、いかがでしたか。
毛賀沢 私自身は、特に伊南地域について、予想外の結果でした。行政サイドで進めていくことに対して、ノーと言った。そのこと自体、ある意味で画期的とも言える反応だったのではないかとも思います。今回の結果は、そうした進め方に対しての、ノーだったのではないか、と思っています。
武田 行政側も、住民側の意見を聞いた上での対応ができていなかった面も―。
竹村 最初に反対している人は、国から、上から言われたことをそのままやってしまう―ということに対して、本当にそれでいいのか、ということだったと思いますね。もっと考えさせてほしい、という住民も増えているのかもしれません。
武田 それはいいことかもしれませんね。それから、合併の枠組みについては。
竹村 たとえば、上伊那北部の場合、6市町村の枠組みは崩れたわけですが、その後、地元の有志の皆さんが、辰野町、箕輪町、南箕輪村の3つの枠組みで考えようという動きを始めています。高遠町長も長谷村との枠組みを考えようという動きも見られます。
武田 今考えると、枠組みそのものを考えなければならない要素もあったかもしれませんね。また、個人単位で考えると、行政側の職員の立場に立てば、クビになるかもしれないということになる。そのあたり、難しいですね。
毛賀沢 職員の方々は、そこで厳しい選択を問われたと思います。それから、生活や産業に密着した問題で、もっと詰めていかなければならないこともあったのでは、と思っています。
竹村 実際に自立した時に、果たして本当にやっていけるか、ということもありますね。これから、住民の皆さんのある程度の犠牲も―。
武田 これから、自分たちの地域をどうしようかということを、もっと考えていかなければ―ということですね。それから、地場産業とのかかわりについては。
毛賀沢 伊南の場合、たとえば飯島町などは、営農センターで農地を管理している。駒ケ根市ではそういうことをしていない。そこをどう詰めるのか―がただちに問題になるはずですが、そうした問題が棚にのせられたまま話が進んでいる、という面もあったと思います。下の方から議論を積み上げていく必要が、あらためて問われ直しているのでは―と。
武田 今回、住民意向調査の結果を見て、住民の本音と建前のギャップ、行政側と住民側の乖離(かいり)―。そういうものが明らかになったということは、ある意味で前進かもしれません。この市町村合併論議で得たものは住民の皆さんが、自分たちの地域をどうやっていくのか、真剣に考える大きな機会になった、ということですね。さらに深めて、自分たちはどんな自立がいいのか、合併したほうがいいのかを、これから決めていかなければいけない―と。


製作:伊那毎日新聞社 All Rights Reserved (C) 2005  制作協力:Fieldwork