| 武田 |
茅葺の家を残したいと思っても、職人がいないとできませんね。 |
| 吉澤 |
今は、茅の入手と職人の問題、その両方で不足気味―ということです。我々が立ち上げたNPOで茅を販売することをしています。茅の販路をつくるということと、修理する人に提供できることを進めているところですが―。 |
| 武田 |
今、茅を採る茅場という場所も少なくなりましたね。 |
| 吉澤 |
昔は集落ごとにあったはずですが、そこが水田に替わったりして、今、きれいな茅場という場所は、ほとんどなくなりました。 |
| 武田 |
北原さんが若いころは、たくさん茅場があったでしょうね。 |
| 北原 |
茅場ばかりでした。毎年刈って、何十締め〔一締め〓二間縄、約3・6b〕も作って。茅場はあまり肥えているとだめなんで、痩(や)せた土地にあったものです。痩せているほうが茅の目が詰まってくるんですね。それから、(肥えた土地で育ち過ぎると)雪が降ると曲がってしまうこともあります。 |
| 武田 |
茅場を作ることから始めないと復元できませんね。 |
| 吉澤 |
そうなんです。今は、茅があるところを探して、その土地の所有者を探して許可を得て刈る―という作業なので、集めるのにかなり労力がかかっているわけです。1カ所にきれいに整備された茅場があれば、刈り取りも楽ですし、量の確保も容易だと思うんですが…。 |
| 武田 |
昔は、茅葺の家がたくさんあったそうですね。 |
| 北原 |
どこの集落に行っても、ありましたね。 |
| 武田 |
22歳から茅葺屋根の職人をやって、途中でやめたということは、茅葺屋根の家がなくなってしまった―ということですね。 |
| 北原 |
そうです。昭和37(1962)〜38年ころから、国で補助をして改築を進めましたから。そういう時代があって、昭和43年に勤めに出ることにしまして。 |
| 武田 |
昔、職人になるころには、誰か親方について教えてもらったということですか。 |
| 北原 |
はい。3年間弟子で、次の1年間は奉公、ということで、約5年かかって一人前と言われました。 |
| 武田 |
北原さんには弟子はいたんですか。 |
| 北原 |
いません。今になって、弟子が欲しかったなと思いますね。でも、なる人がいない―。 |
| 武田 |
茅葺屋根の作業を一緒にしている仲間は、どんな方々ですか。 |
| 北原 |
以前に交流した人などで、80歳になる人もいます。仕事がどんどんあれば若い人も入ってくるんでしょうが…。 |
| 吉澤 |
専業で、というのは難しいですね。現在の茅葺屋根の棟数から考えると。何かの職業との兼業になるかと思いますね。ただ、今、価値観が多様化していますから、中に1人、2人と出てきてくれるのではないかと、期待しているところですが。 |
| 武田 |
これから、若い人が継いでいってくれると、本当にうれしいですよね。 |
| 武田 |
今の茅葺屋根の現状は―。 |
| 吉澤 |
数から言うと増えることはないわけで、かなり減っています。職人さんが、技術も大事ですが、生業として成り立たないといけない。そうすると、ある程度まとまった数の棟数がないといけない。今、残っている茅葺屋根のお宅は、おそらく誇りを持って残しておられると思うので、そういった家の人たちに、少しでも早く応えられるような体制を取って、これ以上数を減らさないようにしていかなければならないと考えています。 |
| 武田 |
一般の民家の茅葺屋根というのは少なくなっているでしょうが、例えば、お寺などでは今もかなり需要はあるんでしょうか。 |
| 吉澤 |
お寺の本堂の茅葺というのも減ってはきています。やはりその茅葺に価値があると、住職さんや檀家の方々が考えているところでは積極的に残していこうとしていますね。そうすると、それに応えるだけの茅の量や職人を手配する、ということを続けていかなきゃいけない、と。 |
| 武田 |
お寺と民家では、技術は変わらないものですか。 |
| 北原 |
あまり変わりません。ただ、お寺の場合は「ほらを葺く」と言って、厚みだけを見せていく。実質的には民家のほうが厚いかもしれません。 |
| 武田 |
一度葺くと、どのぐらい持つものですか。 |
| 北原 |
昔は、囲炉裏(いろり)で火を焚(た)いたので、煙によって長持ちしました。だいたい一代―と言われましたね。だいたい30年から40年。今は煙を通さないので、20年ぐらいですね。 |
| 武田 |
囲炉裏というのも、大切な役割を果たしていた。 |
| 吉澤 |
そうですね。囲炉裏の燻蒸(くんじょう)によって虫がつかない、耐久性を伸ばすなど、いろんなことがあったと思いますね。それから、茅というのは屋根からおろすと畑の肥料に使うこともできる。全く廃棄物が出ないというものです。 |
| 武田 |
昔は『結い』と呼ばれるものがあって、共同で作業をされていましたね。 |
| 北原 |
まとまらないとできませんからね。そういうものも、昭和40年ごろからなくなってしまいました…。 |
| 吉澤 |
昔は、地元の人たちが普通にやっていたので、茅を集める―という仕事はなかった。それを新しく仕事として展開しなきゃならない、ということです。 |
| 武田 |
茅葺の景色、これは、とてもいいですよね。 |
| 吉澤 |
縄文の時代からずっと続いていますからね。茅というのは、屋根のボリュームがあるんですね。最近の住宅は、どちらかというと箱になったり、どちらかというと壁が強調されてしまいますが、茅葺というのは屋根の美しさ―。それで景観にもなじんでいたという良さがあるんだと思います。 |
| 武田 |
茅葺の家と、現代の高気密の家。比べると―。 |
| 吉澤 |
一番は夏の涼しさでしょうね。冬は寒いですが、囲炉裏があると暖かい―。 |