| 武田 |
唐澤さんが古田人形をやるようになったきっかけは。 |
| 唐澤 |
高校時代、郷土史のクラブで、先生から地元の文化である古田人形を展示・発表したらどうかという話がありまして…。祖父も父も、保存会の会長をしていたという家庭環境もあります。 |
| 武田 |
小さいころから古田人形に接していたということですね。 |
| 唐澤 |
ただ、自分が人形を操るとか、このことにかかわるというところまで思ったことはありませんでした。たまたま、父は口下手で、いろんな方が人形のことについて調査研究に訪れると、その相手役が私、というようなかたちになって…。それから、そのころ人数が7、8人になってしまいまして、手伝いをしないといけない…という感じで、いつのまにか。 |
| 武田 |
小さいころから、おじいさんやお父さんのものを見ていて、古田人形については、かなりのものを吸収されていたということですね。 |
| 唐澤 |
門前の小僧習わぬ経を読む―というようなことで。代表的な作品の一節ぐらいは小さなころからまねをして困ったと、よく母から聞きましたね。 |
| 武田 |
おじいさんもお父さんも、人形遣いや三味線を。 |
| 唐澤 |
祖父は一人息子で、20歳の時には太夫でした。特に飯田地方では歌舞伎が盛んだったので、飯田地方で指導していたようです。現在の東京で有名な歌舞伎役者の皆さんと一緒に公演をしていたような人で、芝居一代という人生だったようです。私が小学校1年の時に祖父が亡くなりましたので、祖父の声をかすかに覚えている程度ですが―。 |
| 武田 |
お父さんはどんな。 |
| 唐澤 |
やはり人形遣いでした。女の人形を操るほうが多かったようですね。 |
| 武田 |
男性と女性では、手の表情など違いますからね。 |
| 唐澤 |
私も、なんとなく女性の人形が多くなってきましたね。 |
| 武田 |
唐澤さんが古田人形芝居を復活させる時には、師匠はたくさんいらっしゃったんですか。 |
| 唐澤 |
師匠らしい人は一人しかいませんでした。 |
| 武田 |
ということは、唐澤さんのおじいさんや、お父さんの思い入れのようなものが中心で、保存会が復活したということ。 |
| 唐澤 |
浄瑠璃の声を記録した録音テープぐらいしかなく、手本がないということで、結局は、東京や大阪の師匠に頼らざるを得ないということでした。 |
| 武田 |
それは昭和何年ごろですか。 |
| 唐澤 |
昭和55(1980)年ごろからですね。伊那谷の4つの人形座が同じ悩みを持っていましたので、年に1度、合同で公演をして、発表会で互いの技を競い合ったわけです。しかし、それでは後継者が育たないということで、三味線、太夫、操り、三部門の稽古(けいこ)を合同でやることになりました。経費もないわけですから…。それで、伊那人形芝居保存協議会という組織をつくって、今日もそうした稽古を続けています。 |
| 武田 |
中学でもやっているそうですね。 |
| 唐澤 |
中学生は、昭和54年にクラブができて、今年で25年になります。きっかけは、何か中学生の気持ちの中に空洞ができてしまうような時期があり、そういうものをどうしようかという中で、体を動かしながら何かに触れる―という提案が先生方からありました。子どもたちは、人形に触れて、やっているうちにドラマの中身がわかってくる、技も上がってくる。そうして、25年、絶えず中学校で存続してきました。それを見た小学生が、やってみようということになり、平成4(1992)年に地元の小学校にもクラブができました。 |
| 武田 |
当時やっていた皆さんで今もやっている人も多いのでは。 |
| 唐澤 |
今の保存会の中核は、中学校で始めた2代目、3代目のころの皆さんです。その皆さんがなかったら、今の古田人形芝居の保存会はなかったというぐらいに。ですから、後継者の育成が、中学校の時点でできた、ということですね。 |
| 武田 |
言葉は昔の言葉ですよね。子どもたちが習うといっても、大変なのでは。 |
| 唐澤 |
芝居の稽古に入る前に、芝居の中身、役柄の立場などについて勉強して、台本も、現代の字で作って―。特に小学生の場合は、現代劇に作り替えて、現代劇として教えています。まず、人形に触れること、慣れることから、ということで。そして、中学の段階で本来の人形浄瑠璃に入ってもらう、というような階段をのぼって。私たちとしては、人形芝居に直接かかわる保存会だけでなく、観ていただく方もいないとだめですし、資金的な協力をいただける方も必要。幸い、そういう皆さんに恵まれてよかったなと。古田人形芝居を町の宝として理解いただいていることが、本当にありがたいと思っています。 |
| 武田 |
これから、どんなふうにやっていきたいと。 |
| 唐澤 |
後継者対策が一番だと思いますので、100人に1人、100人に2人―という厳しい状況だとは思いますが、そういった中で、大事にしていきたいですね。そういう人を一人でも増やすために、外国の音楽や踊りだけでなく、日本の民謡や踊りなど、日本のものになじんでもらいながら、人形浄瑠璃を理解していただけたらいいな、と思っています。 |
| 武田 |
特に今、殺伐とした世の中になっていますから、この情の世界を、もう一度、小さい子どもたちにもわかってもらえたらいいですね。 |
| 唐澤 |
そうですね。日本固有のこうした文化に、本当の心の豊かさがある。そういう本物志向になってほしいなと思いますね。 |