2003年1月11日放送 

野口俊邦信州大学農学部長

新時代の公共事業A 公共事業評価の新しい視点

問われる説明責任 住民としての責任 誰のための公共事業か

田中知事による“脱ダム"宣言、子ども未来センターの計画見直し、凍結という一連の動きもあり、一国民、一県民、一住民として「公共事業」のあり方をあらためて問い直す時期にきている。
今回のいなまいニューススタジオは、県の公共事業評価監視委員会の委員長として、長野県の公共事業と向き合っている野口俊邦信州大学農学部長をゲストに迎え、公共事業を考える新たな視点について聞いた。森林の価値として、搬出される木材の貨幣価値など経済的な価値とともに、『公益的価値』が見直されるようになっている。水源かん養、土砂流出防止、保健休養、野生鳥獣保護など、人間にとってもかけがえのない価値。これを目に見える数字で評価し、これからの森林とのつきあい方、人の生き方に生かそうという方法がある。すでにその評価法の結果を根拠に原生林の伐採が永久に中止された例もあり、今後注目を集めそうだ。
今回のいなまいニューススタジオは、森林の公益的機能、また、その評価の方法、具的例について、信州大学農学部の野口俊邦学部長に聞いた。長野県の森林、緑のダムはいったいいくらなのか。あなたなら、いったいいくらで守りたいのか。森林の価値と公共事業の関係はどうなのか。現在長野県の公共事業評価監視委員会の委員長でもある野口学部長には、次回、これからの公共事業のあり方についても聞く。
写真:野口俊邦さん(右)と武田徹キャスター

野口俊邦(のぐち・としくに)さん
信州大学農学部長。長野県公共事業評価監視委員会委員長。森林科学科所属。専門は林業経済学。公共事業の新しい視点を提案し、引き続き、県民とともに考える公共事業のあり方について、論議を深めている。また、森の役割や価値を見直すべきとして、森林整備に力を入れようとしている長野県政に対し、さまざまな具体的な提案を続ける。佐賀県出身。

国民益と国家益
武田 公共事業についての新しい視点があるということですが。
野口 公共性には2つの側面がある、という言い方があります。一つは国民益、国民にとって利益がある公共性。もう一つは国家益、国家にとって利益がある公共性。この2つがある面で対立するという側面が多く見られますね。例えば、ダムにしても国際空港、干拓にしても、国のプロジェクトとして組んでいるから、国際的な威信や、産業的な育成という面から見ればどうしても避けられないという意味での公共性ということはあります。それではその公共事業をやった結果、国民、県民にとってどれだけ利益があったかと考えた時に、必ずしも国家益が国民益につながらない、ということはあります。
武田 ありますね。
野口 例えば、ダムを造ったことによって災害の問題があったり、自然環境が破壊されたりと。これは県民益なのか、ということです。国家益と国民益の2つを指して公共性という言い方をするわけですが、本質的にはそこが問われているんじゃないかと思います。旧来、国民益的な言い方をしないで、公共性というと国家益を指し、お互い弁別をしながら理解しあうということをしなかった。ところが、最近、例えば田中知事などが、公共事業というのは果たして本当に我々のためになっているのか、というところを突き詰めて問うたのだと思いますね。今までの公共事業というのは、県民益なのか、国家益なのか。必ずしも県民益になっていないとすれば、県民益に沿った公共事業を、ということ。その一つに、ダムと森林との関係があります。
武田 具体的にはどのように考えていったらいいか、というと。
野口 今までの公共事業というのはどちらかといえば国家益的な方向でされてきている。ダムにしても治山工事にしても、5年、10年と経っていている段階で、事業を継続するのか、見直すのか、ということを公共事業評価監視委員会は問われているわけです。
武田 当然この監視委員会というのは以前からあったわけですよね。
野口 ありましたが、どういう機能を果たしていたのかな、と思うところがありますがね。県民益、国民益に沿った公共事業を考えるべきだという目で見てきた時に、費用対便益という考え方でいくと、便益とは誰のための便益かということになるわけです。例えば水源かん養について、国民全体に関係する場合もあれば、業者にとっての便益ということもある。また、費用でいえば、その中に人命が入っているのかどうか。もし、ここで工事をしたために人が亡くなったということがあった場合、いくらになるか、というと、それはカウントしていません、ということになるんですね。もう一度、県民益に沿った公共事業という目で見直すとすれば、今まで考えられなかったような新たな視点が必要、ということです。

  1. 歴史的背景5年、10年経った道路がある場合、その道路がどういう歴史的な事情の中でできたのか。その事情の中で、本当に造る必要があったのかも考えてみる必要がある。災害の歴史なども考える必要がある
  2. 社会的背景その時の社会情勢、時代背景を見る必要がある
  3. 環境・景観に対する背景環境や景観を台無しにしたのでは、公共事業に問題がある。コンクリートではない方法というのもある
  4. 地域住民に対する説明責任一人ひとりの地域住民に対して、この公共事業はどういう意味があるのか、これを造ることに対する不安、不満、要望、ということを十分聞く。説明責任を充実させていく必要がある
  5. 災害(人命)に対する評価いったん人命が失われたらどんなことをしても戻らない。これを考えた場合、評価という前に、その公共事業をやらない、という勇気も必要

事業をやめる勇気
武田 歴史的背景という視点でみれば、社会が変わっていても、すでに決まったことだからやりましょう、というケースが多いように感じます。例えば大芝高原の子ども未来センターの時も、田中知事が見直しを決める前に、もう決まっていることだから木を切ってしまうというような。
野口 農業を、増産という目標を持っていた時代に、干拓事業をやり始めた。ところがまだなかなか進まない、という時に、一方では減反という段階にきていると。まだそれでもやろうというような事業は多いですね。結局、歴史的とか社会的という状況は当然大きく変わっていくのに、公共事業は相変わらずそのまま継続している。いったん着手したものは予定が立っている、多くの人たちがかかわっているから、という別の論理で。そういうことが極めて大きな国家的な損失であり、しかも国民益、県民益につながらない。これはもう大転換しないと、これほどの無駄はないと思いますね。
武田 やめることをやる、というのは本当に難しいと思いますが、財政も厳しい中、思い切ってやめるという勇気を持たないと。
野口 もっと極端に言うと、米国では、ダムはいらない、むしろ害があるということでダムを壊す。そこまでして自然に戻していくということです。そこまでやって、将来に素晴らしい景観、環境を残していこうとするのか、目先の利益を追求して今から先、ほとんど必要ないようなものにまだ投資をするのか。これはものすごい落差です。
武田 ドイツやスイスなどでも、せっかく造った護岸を壊して、木を植えたりしているわけですから。我々もしっかり知って、おかしいことはおかしい、と言っていかないといけないですね。
野口 21世紀は環境の時代と言われますが、その時にまだ20世紀の公共事業からなかなか脱却できない。社会は、世界はすでに変わり始めているから、最後は国民が利口な判断がどこまでできるか、ということですね。国民が21世紀に見合った判断を持たないと、国政レベルも地方政治レベルもなかなか変わらない、ということでしょう。

脱ダム宣言以来、ダム事業の行方も注目される

成熟した社会に学ぶ
武田 今年はどんな年にしなければならないでしょうか。
野口 例えば、もっと欧州の成熟した社会の方向に目を向けるべきでしょうね。自然、景観、環境を非常に大切にしている社会。陸続きの中にたくさんの国があって、どこかの大気汚染が隣国にすぐに影響する。国境があるようでないようなグローバルな世界に住んでいると、共通の政策を持たなければいけないという共同意識が強くなるわけです。こうした成熟した方向に日本も変わらなければいけない時代に来ていると思います。
武田 一つの川についても、いろんな利害があって、なかなか一致しないということが多い気がします。
野口 一つの新しい動きと言えるのは、かつては川の上流域と下流域というのは、あまり利害を共にするというイメージはなかったわけですが、例えば森林が破壊されると、泥水が出る、水害が発生する。そうすると下流の飲み水に影響する。最終的には海が汚れて漁業にも影響する。すると、海と山はつながっているということになって、上流と下流の連携がかなり始まっている。連帯せざるをえないわけです。政治家だけにまかせないで、自分たちがどうやって連帯して共通の利益を求めていくのか。その時に政府は我々のために役に立っているのかどうか。身近なところから、社会や政治を見直すという、国民、県民が主人公だという社会にしなければ、ということですね。

【長野県公共事業評価監視委員会】
事業採択後10年間経過した時点で継続中の事業について評価してきた。昨年11月、それまでの論議をふまえ、5つの新しい視点について県に提示した。
実際、こうした視点によって評価した結果、治山工事をコンクリートではなく、森林に替える、コンクリートと併用、縮小など、工事を変更した例もある。
また、昨年12月に開かれた委員会では、公共事業の評価を事前、事後にも制度化することや、県民の請求に基づいて見直しする制度を創設するなどを県に提言すること、などを協議している。



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