2002年12月21日放送 


シリーズ 環境世紀への提言
天竜川のみらいとわたしたち

自然の流れを取り戻したい 市民団体「ゆめ会議」が描く天竜川の未来予想図

かつて安全面や管理面の安易さを選択し、コンクリートで固められてきた川。しかし近年、変化が現れ、本来の川を取り戻そうとする市民活動が各地で始まっている。国の呼びかけで始まった「天竜川ゆめ会議」も、今年7月に市民団体として新たなスタートを切り、住民本位の視点から川について取り組んでいる。今回のいなまいニューススタジオは、同会議の福澤浩会長と気賀沢葉子さんに武田徹キャスターを交え、現在、過去、未来をたどりながら、川のあるべき姿を考えた。

福澤浩さん
駒ケ根市で設計や測量を手がける「緑地計画」の代表取締役。天竜川のほとりで育ち、川に対しての造詣は深い。市民団体「天竜川ゆめ会議」の会長。

気賀沢葉子さん
東京出身だが、4年前に駒ケ根市に移住。自宅近くを流れる上穂沢川を見つめ続けている。天竜川ゆめ会議に公募で参加し、市民団体となった今も精力的な活動を続けている。

川とのかかわり
武田 福澤さんは、小さいころから天竜川で遊んでいたそうですね。
福澤 子どものころから天竜川に行くことが日常なんです。学校から家へ帰ってくるなり風呂のたきつけの手伝いをして、すぐさま天竜川に出かけて行くわけです。夕暮れに疑似餌(ぎじえ)を使うテンカラ(毛針釣りの一種)で釣りをする。疑似餌を川に流すのですが、アカウオ(ウグイ)がビーン、ビーンとかかる。何匹か釣って帰り、魚を母親に手渡すと「お前はいい子だ」と褒められるんですね。そして、夕食の食卓に釣ってきたアカウオが出るわけです。
武田 気賀沢さんの川とのお付き合いは?
気賀沢 4年前に駒ケ根市に引っ越してきまして、現在住んでいるのが上穂沢(わぶさわ)川のほとりなんです。初めは自然についてあまり良く分からなかったのですが、工事で河畔林が切られてしまって、「何て良いものだったんだろう」と思いまして。自然がだんだんなくなっていくのは、ちょっとおかしいと感じました。
武田 川もそうですが、きれいな時はそれが当たり前だと思っている。魚もいなくなって、川も汚れて、木もなくなる。そうなってから「こんなに良い所だったんだ」と、ようやく気付く。それでは遅すぎるんだけど。福澤さんは子どものころ、おじいちゃんから漁の仕方を教えてもらったそうですね。
福澤 漫画「巨人の星」の主人公・星飛馬のような英才教育を受けまして。自宅の庭先で投網の使い方を練習させられました。
武田 その時は、いやでしたか。
福澤 いやでした。魚なんか獲るもんか、と。けど、あんな風に教えてくれる年寄りが家族にいたことは、私にとって幸せだったと思いますね。

天竜川ゆめ会議は2000年に国土交通省と県が共同で設立。「天竜川みらい計画」を策定して今年3月に解散したが、みらい計画実現のために、住民公募で参加したメンバーが再合流。7月に市民団体として生まれ変わった。現在は11のプロジェクトチームがあり、活動している。11月には、近自然工法研究の第一人者である福留脩文(しゅうぶん)さんを招き、宮田村の大沢川を視察。自然環境に配慮した川づくり実現に向け、本格的な調査、研究も始めている

市民団体になった「ゆめ会議」
武田 今は福澤さん、気賀沢さんお2人とも「天竜川ゆめ会議」のメンバーだそうですが。
福澤 国土交通省が今後の川づくりについて、流域住民から幅広く意見を聞きたいということで「天竜川ゆめ会議」が発足した。従来はなかったことですが、これはチャンスだと思いました。国の動きが住民に向いてくれたと感じまして、すぐに応募しました。参加者は職業もいろいろですし、年齢も上から下まで。中学生もいました。
武田 今年の7月には「天竜川ゆめ会議」が市民団体になったそうですね。
福澤 国土交通省による「天竜川ゆめ会議」は、今後の流域委員会の審議にかけていく「天竜川みらい計画」を策定するまでが任務だった。その後はもう結構です、という形になりましたが、せっかく天竜川を考えてきたのに、もったいない。それで、今まで私たちが作ってきた「みらい計画」が本当に実現できるのかどうか、私たちが市民団体という立場でやっていこうとなりました。
武田 現在では11のプロジェクトチームを組んで、川を歩いて遊ぶことから、三面張り水路に自然の流れを取り戻す研究活動まで、いろんなことに取り組んでいるようですね。
福澤 天竜川を中心として、みんながやりたいことがあるわけです。それをプロジェクトチームという形で立ち上げました。

大沢川の視察後、福留さんを講師にした近自然工法の公開講座を開講(左)。住民のほか土木関係業者の姿も目立ち、専門的な質問も飛び出した(右)

お役所任せではない川づくり
武田 「三面張り水路に自然の流れを取り戻す」プロジェクトなどは、順調に進んでいますか。
福澤 進んでいます。三面張りっていうのは、川の両側がブロック、底がコンクリート。防災を主眼に置いていた時代には重宝がられ、どんどん造られた。昭和39(1964)年に天竜川も国の直轄河川になり、改修工事が始められた。整備はされたが悪く言ってしまえば、味気ない河川になっていったわけです。
武田 当時を過ごしてきた人たちは、三面張りに対して違和感を持っていない。三面張りの方が、管理や防災面から良かったんですね。確かに三面張りになると、何もしなくて良い。しかし、ヘビを見たり、ホタルが出たとか、魚を捕まえたとか。かつての川には、いろいろな楽しみもあった。これがコンクリートになって、全部なくなってしまった。
気賀沢 昔は、川にもっと降りられた。柵(さく)とかも張ってなくて。もっと自然な形で遊べましたよね。
武田 だから、今の川は遊ぶ場所ではなくなってしまった。
福澤 確かに危険個所など、どうしても三面張りにしなければならない所はあります。でも安全な場所については昔の川の風景を再現したらどうだろう、と。順番としたら、川底に土が堆(たい)積して草が生えるような方法にしたらどうか。そうすると瀬と淵(ふち)が復元される。その次に底のコンクリートや横のブロックをなくして、違う方法ができないか研究する。
武田 我々の世代は昔の川を知っている。だからこそ三面張りが味気ないと感じますが、今の子どもたちは最初から本来の川の姿を見たことがない。三面張りが当たり前だと思っているんですよ。「それは違うんだ」という事を我々の世代が率先してやっていかないと、昔の良い状態の川に戻らないと思う。
福澤 三面張り水路は効率的だが、万が一子どもが落ちた場合に、はいあがれない。だから川を柵で囲ってしまう。今では、川で遊ぶのは悪い子なんです。私たちが、遊べるような川にしなきゃいけない。私たちの原体験にある川を復活させて、子どもたちに遊ばせてあげなければ。
気賀沢 石組みがちょっと崩れただけなのに、「木を切ってコンクリートにしてしまえ」という考えの方もいます。それが安全と言われれば、安全なのかもしれない。木が流れてしまったら、2次災害が起きる可能性も否定できませんから。ただし、やはり石積みで良い所は石積みにして、少しずつ自然を取り戻していきたい。その方法を県に提案したら、前向きな返事がありました。
福澤 このような立場になってから、国土交通省や建設事務所の所長さんたちとお話しする機会が増えました。所長さんからは「今までは、住民意見を国や県に伝えてくれるのは区長さんなどの人たちだった。皆さんのように川について活動している市民団体などの意見も取り上げていかなければ。それが今後の起爆剤になるでしょうね」というお話だった。これからは、自治会と住民、そして市民団体が、行政とともに共同作業で川をつくっていけたら、と思います。
武田 国の近自然型の川づくりなどは盛んに言われていますよね。
福澤 まだ、完全な近自然型という流れには乗っていない。その流れに乗るには、まだ時間がかかると思います。それを出来るだけ早く求めていくのも、我々の役目ですね。ゆめ会議で先日、近自然工法の研究者を招いて一般公開の講座を開いたのですが、土木関係の技術者なども大変多く参加してくれました。ハイレベルの質問も出ました。工事関係者にも、自然配慮の思想が浸透しつつある、という状況ですね。
気賀沢 近自然工法の川になったら、私たち自身が草刈りなどをやろうと思います。いやだなとは思わないで。自然に戻すということは、一人ひとりが川についてかかわらなくてはいけないと思います。ゆめ会議の始まりは国の主催ということで疑問もありましたが、市民団体になって川に対する自分の意見をみんなが聞いてくれ、そしてアドバイスをしてくれる。もっと多くの人に参加していただき、いろんな意見を言ってもらいたいですね。
福澤 市民団体と行政が一致団結して、川を育てることができれば。それが本当の自治の姿だと思います。


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