2002年12月7日放送 

矢島恵さん

諏訪環境まちづくり懇談会
「湖浄化と街づくり」 市民運動13年

人のつながりで湖を考える 〜諏訪環境まちづくり懇談会の活動から〜

かつては「臭い、汚い」というイメージが強かった諏訪湖。その湖畔に十数年前から湖の浄化やまちづくりに取り組んでいるグループ「諏訪環境まちづくり懇談会」がある。まだ国内では“環境"が声高に叫ばれていなかった1980年代後半から、環境先進国のドイツと交流を持ち、「諏訪湖を何とかしたい」と活動。数々の提言や意見は、行政も動かしてきた。今回のいなまいニューススタジオは、同懇談会の矢島恵副会長と武田徹キャスターが対談。懇談会の取り組みも交えながら、諏訪湖に対する住民の意識を聞いた。

矢島恵さん
伊那市美篶出身。諏訪環境まちづくり懇談会に発足当初から加わり、現在は副会長。会長を務める国際ソロプチミスト諏訪では、ビデオ「ごめんなさい諏訪湖」作成で中心的役割を担った。諏訪国際交流協会会長なども務め、下諏訪町に英語教室を開いている。

まちづくり懇談会の始まり
武田 矢島さんたちは、「ごめんなさい諏訪湖」というビデオを作成されたそうですね。「諏訪湖を汚してしまって申し訳ない」という内容ですが、いつ作ったんですか。
矢島 12年前です。当時に比べて、少しは諏訪湖もきれいになったと思います。本当は「とても」って言いたいんですが…。それでも、少しでもきれいになって良かったな、と思います。
武田 そもそも諏訪まちづくり懇談会は、どのようなきっかけで発足したんですか。
矢島 諏訪湖畔でホテルを経営されていた藤原正男さんが、湖の汚れに心を痛めていました。そして諏訪の街も愛していました。そこで街も湖も含めて考える、まちづくりのグループがあったら良いな、ということになりまして発足しました。藤原さんたちは以前からドイツとの交流があったので、まず環境先進国でもあるドイツの学者を招きました。湖と街の中を検証してもらうことから始めたわけです。
街づくり懇談会が93年に訪れたドイツのシュタッフェル湖。湖岸には復元された州浜が広がり、水はきれいに澄んでいる
武田 発足したのは1980年代ですよね。当時は、具体的に環境問題に取り組むグループはほとんど皆無だったのでは。
矢島 当時はなかったですね。草分け的存在だと思います。懇談会はドイツの人たちも含めて友情から始まった団体です。人間と人間のつながりが、まちづくりや湖を考えようとなったわけです。

環境先進国との違い
武田 矢島さんもドイツへ行かれたのですか。
矢島 実際にドイツへ行き、現地でセミナーを開きました。1993年のことです。懇談会のメンバーに加え、行政の人たちも一緒に参加しました。当時の諏訪建設事務所長や県の土木課長とか。
武田 視察されてきたドイツの湖では、州浜(すはま)が復元されていたようですね。
矢島 以前はコンクリートで護岸されていた、と説明がありました。とても水がきれいで、参加者の中には思わず飲んでしまった人もいました。あまりにも澄んでいたんで、手に取って飲んでしまったのだと思います。
武田 この湖も、以前は水質が悪かったのですか。
矢島 一時期悪かったということです。
武田 コンクリートではなく、このような砂の州浜になると、子どもも水辺まで遊びに行けますよね。
矢島 人が水辺に近づけますよね。日本だと、きれいになると人が押し寄せます。しかし、ドイツでは政策できれいになった所を保護しています。
武田 ドイツの湖にも諏訪湖と同じく、湖畔近くに家があります。でも、何か良い雰囲気なんですよね。
矢島 ここには、ほとんど自動車が入ってきません。
武田 日本の場合だと、「車を通そう」とすぐに考えてしまう。難しいかもしれないけど、諏訪湖でも学んでほしい点ですよね。私もドイツへ行ったことがありますが、ドイツでは、子どもたちが環境教育をしっかり学んでいますよね。
矢島 ドイツでは学校で教えるほかに、家庭でも、ごみを出しに行く時に子どもを一緒に連れて行って、ごみの分別を教えている。そのようなことが徹底していますね。
武田 そしてドイツには古い建物も多い。日本は古いものをどんどん壊してしまった歴史があります。
矢島 現地の人とも話したのですが、想像以上に古いものを大事にしている。古い家が気に入って住みたいとなれば、空くまで待つ。2、3年もアパートに住んでいて待ってでも、住みたいという人もいまして。びっくりしました。
武田 日本は、とにかく新しくしましょうと、どんどん替えていく。街並みが文明的で面白くなくなった。
矢島 ドイツでは、良いものにはお金をかけて保存しよう、としています。
武田 それからドイツでは、やたらに木を切ったりしない。日本では、工事などで邪魔になるとすぐに木を切ってしまうなんてことが、平気で行われてきました。
矢島 諏訪湖に流れる川辺にも「すごくいいな」と思う木がありました。けど、ある日行ってみたら、木がない。そんなことが実際にありました。「あの木、切っちゃったのか」って。もったいないなぁと思いました。
武田 しかし、最近は、皆さんの意識も変わってきたのでは。
矢島 そうですね。ただ、まだ都合の良いように、知らないうちに工事や伐採がされてしまう、ということもあるように思います。
武田 ドイツとの交流を経て、懇談会のメンバーの意識も変わってきましたか。
矢島 やはり理論だけでなく、(環境先進国のドイツを)実際に見て、肌で感じられたことは違うと思う。

その視察後、諏訪湖にもコンクリート護岸を壊し、州浜が各所で復元されている(写真は岡谷市の横河川河口付近)

湖が人に近づいてきた
武田 ドイツへの視察には、行政の人たちも同行されたそうですが、その後、諏訪湖はどんな風に変わってきましたか。
矢島 帰ってきてすぐに、片倉館(諏訪市)の前で、コンクリート護岸を壊して、なぎさが復元されました。徐々にですけど、諏訪湖の周辺に木や水草も植えられてきています。芝生のような場所もでき、家族連れなどの姿も見られるようになった。以前は見られなかった光景ですね。
武田 かつては、湖岸がコンクリートで護岸されていたから、憩える場所もなかったということですね。
矢島 なかったですね。水のにおいやごみとかも見えましたから。前は近づきにくい湖だったと思う。しかし今では、だいぶ人に近づいてきた湖になりつつあるかも。湖畔を大勢の人が散歩したり、家族がお弁当を広げていたり。観光客以外の人も、目立つようになってきたことは、良いなと思います。
武田 地元の人たちが散歩したり、憩える場所になってきたんですね。それとともに地元では「これ以上諏訪湖を汚さない」と具体的に取り組んでいることはありますか。
矢島 県の呼びかけにより、アダプトプログラムというものも実施しています。湖岸を20くらいに区切って、その区間を地元の団体が責任を持って管理し、きれいにしています。行政と民間が一緒にならないと、できないことだと思います。
武田 諏訪湖があると、どうしても観光資源と考えがち。それも大切なんだけれど、そこに住んでいる人たちが憩えることが、これから大切だと思います。
矢島 昔は魚も獲れて、泳ぐこともできた。諏訪湖は生活に密着した大切なものだったと思うんですね。そこまで戻すのは難しいとは思いますが、近付いてみたい水辺、心の中を癒(いや)してくれる資源になってもらえたら、と思います。
武田 なくなってから気づくのではなく、あるうちに良くしよう、そんな活動が大切だと思うのですが。やっぱり未来に残したい。懇談会には若者の参加はありますか。
矢島 なかなか入ってきません。
武田 今後は若者を巻き込む方法を考えないと。
矢島 それが必要だと思うのですが、どうやったら良いのか。若者が目を向けてくれる魅力あるグループになるかは、とても大きな課題です。
武田 そして、諏訪湖に関して言えば、天竜川のことも考えないといけない。
矢島
sample
天竜川流域の人たちは、諏訪湖の汚れを気にしていると思いますが、「自分たちの所が汚れている」という意識を持つことも必要なはず。諏訪の人たちが諏訪湖をきれいにすれば、天竜川は良くなる。天竜川の人たちも、「(諏訪湖の影響で)汚れている」と言っているだけではなく、その後を汚さないようにすることも大切では。それぞれが自分の住んでいる場所をきれいにしていけば、つながりも出てくると思います。


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