2002年11月23日放送 

宮田昌和さん 硲さくらさん

〜水系とダムを考える〜 いなまいテーブル
矢作川の近自然工法A

川への“こだわり" 近自然工法によって 生まれ変わる愛知県豊田市

生態系にこだわり、コンクリートに極力頼らない川づくり。矢作川(やはぎがわ)の中流にあたる愛知県豊田市では、これを「近自然工法」と呼び、官民一体となって実践している。いなまいニューススタジオでは前回に引き続き、豊田市の取り組みを現地からレポート。武田徹キャスターが、豊田市河川課の宮田昌和係長と、住民の立場から川づくりに参画している硲(はざま)さくらさんから話を聞いた。

宮田昌和さん
豊田市河川課の係長。さらに市や漁協、土地改良区の第三セクター方式で運営する「豊田市矢作川研究所」の事務局長も兼務し、さまざまな角度から川づくりに携わっている

硲さくらさん
豊田市内の川に関する各種団体で構成する「川会議」の代表。「矢作川を筏で下る会」の代表でもあり、豊田市の川づくりの民間の“顔"として活躍する

きっかけは「水質汚濁」
武田 宮田さんは豊田市河川課の職員であり、また矢作川研究所の事務局長も務めていらっしゃいます。この研究所は、どのような活動を行っているのですか。
宮田 自然の象徴ともいえる矢作川をまちづくりに生かしたいという事で、矢作川の自然環境を調査研究するために設立しました。
武田 硲さんは矢作川の「川会議」の代表ですが。
豊田市と漁協、河川の愛護団体など12団体で構成しています。すなわち官も民も一緒になって一つのテーブルについて、大好きな大好きな矢作川について研究したり、語り合っています。
武田 「大好きな、大好きな矢作川」とおっしゃいましたが、本当に豊田には川が好きな人たちが多い、と感じました。矢作川の環境に対する取り組みも1960年代には既に始まったようですね〓年表図参照。
宮田 60年代は高度成長期で、開発が非常に進んだ。その結果、矢作川の水質が悪化した。それに対し、農業団体や漁協などが「野放しにしてはいけない」として、矢作川沿岸水質対策保全協議会(矢水協)を設立しました。法律的にも、それまでは「水質汚濁防止法」というものがない。訴訟も起こしましたが、敗訴したこともありました。それで矢水協では、流域開発を監視しようと、立ちあがったわけです。
武田 70年代には、水質汚濁防止法によって、全国初の告発を行っています。それで「矢作川方式」というものが定着してきた。この方式は、川をみんなで監視しましょう、ということですか。
豊田市の矢作川で毎年5月に開かれる「いかだ下り」。自然豊かな景観にひかれ、全国から参加者が集う
宮田 そうですね。流域として川を見ていこうと。
武田 西広瀬小学校では1976年から、水質調査をしているそうですね。
宮田 毎日、子どもたちが矢作川に水を採りにいって。それを調べています。
武田 民間有志による「筏(いかだ)下り」というイベントも80年代に始まったそうですね。
毎年、70〜100艘(そう)の筏が出ます。誰でも参加でき、自分でつくって川に浮かべる。日本全国から参加者がやってきます。


矢作川は長野県南部の平谷村が源流。愛知県を貫き三河湾に注ぐ

民間に感化され、行政も動いた
武田 90年代に入ると、矢作川では、どのような取り組みが行われるようになりましたか。
宮田 90年代以前は、どちらかというと行政ではなくて、民間の人たちが積極的に活動していた。90年代になって、市が「豊田市矢作川環境整備計画検討委員会」を立ち上げました。矢作川は一級河川で国土交通省の管理になるわけですが、それを豊田市のまちづくりとして生かしたいと考えたわけです。
武田 それで「近自然工法」を導入するわけですね。
宮田 欧州の近自然工法を導入したいと考え、検討委員をドイツに派遣しました。
武田 さらに水道水の水源確保のために、基金の運用も始めたそうですね。これも全国的に見て早い取り組みではないですか。
宮田 早いと思います。やはり、源流や流域の山林が荒れては川は守れない。豊田市が源流のためにお役に立ちたいと。それで水道を1d使うごとに1円を上乗せさせていただいて、それを基金にして、山林保全に使ってもらう方式をとっています。
武田 これらの取り組みが積み重なって94年に矢作川研究所が設立されたわけですね。単に「川」というだけでなく、水の確保から近自然工法まで、いろいろなことをやっています。どうして、総合的な取り組みができたのでしょうか。
宮田 かつて、大切にしてきた川がいじめられた。汚されてしまった。そんな住民の思いが非常に強かった。これが特徴の一つにあると思います。
武田 宮田さん自身も欧州に河川の研修で行かれたそうですが。いかがでしたか。
宮田 「すごいな」と思いました。私がそれまで河川に携わってやってきたことが、頭の中で交錯しました。思想的に、ちょっと変わりましたね。私も市役所に入った当初は、コンクリート三面張りの河川をつくっていました。そんな中で、欧州の近自然工法にふれ「川は人間だけのモノではない。生物がそこに棲(す)んでいる。生物の循環が川であり、流域の生活なんだ」ということを学びました。

豊田市河川課が、ある河川で改修の資料として現地住民に示したシミュレーション(模擬)写真。左が三面コンクリート護岸による従来型の改修案。右は近自然工法による改修案。住民は、管理が安易でコンクリートは頑強というイメージから、当初は従来型の改修を要望した。しかし、河川課の再三の“説得"により、最終的には近自然型に同意した

流域全体を考えて
武田 川会議は昨年発足し、矢作川「川宣言」というものをつくったようですね。
豊田市ではさまざまな人たちが、いろいろな形で川に携わっています。しかし、どうしても自分たちの分野だけ一生懸命になってしまう。行政と漁協、民間団体がぶつかりあう事もありますが、なかなか一つのテーブルで話し合うこともなかった。ちょうど2001年に、漁協の100周年、豊田市制50周年、筏下り15周年などが重なった。それだったらみんな一緒になって川に意義のあることをやろうじゃないか、と。それで「川会議」は発足したんです。
武田 川会議の取り組みは、どのようなものですか。
sample
森、川、海を一つの流れとしてとらえていこうと「矢作川の日」を制定した。流域ネットワークとして、一つの線で結べたらいいなと思っています。また、川の楽しさ、怖さを知らない子どもたちに、川の文化の良さを知ってもらおうと、「矢作川学校」を設立しました。出前講座などもやり、多くの子どもたちが参加しています。2年前の東海豪雨で、矢作川はズタズタになった。それで行政、漁協、民間が集まって、さらにより良い川をつくろうと話し合った。それが、川会議、川宣言です。
武田 近自然工法などで、住民にとって川が身近な存在だったからこそ、このような取り組みも広がったのではないでしょうか。
宮田 「水辺を守っていこう」という住民有志の愛護団体が、矢作川本流に5団体あります。そういう風に定着してきて、皆さんが川と向き合うようになってきました。
愛護団体の皆さんは、川辺を本当に、自分たちの庭のようにして取り組んでいます。川はつながっています。上流の皆さんも川を愛して、きれいな水にしないと。大好きなものには、人間はやさしくなれる。ぜひ川を愛してほしいと思います。だからこそ、息の長い取り組みをしていかなければ。
武田 上流の水源の涵養(かんよう)のために豊田市は基金を創設したと、先ほど話がありましたが。
宮田 基金は5年前に始まり、昨年やっと事業化されました。しかし、まだまだこれから。豊田市だけでなく、もっと流域としてやれればと、思うのですが。


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