2002年10月26日放送 

信州大学名誉教授 北澤秋司さん

〜水系とダムを考える〜 いなまいテーブル
災害と森林との関係を考える@ これまでの災害と森林の機能

北澤流「緑のダム」の作り方 土木技術と森林機能の調和を目指せ

脱ダム宣言などにより、脚光を浴びる「緑のダム」。森林とその土壌の保水能力の高さに着目し、自然の豊かさを生かして水資源をコントロールしよう―という考え方だ。しかし、林業も衰退し都市化も進む現代社会において、私たちの森林に対する知識は乏しい。長年、伊那谷の森林や地質を研究し、関連する災害にも詳しい信州大学名誉教授の北澤秋司さん(67)は、「まず森林の置かれている現状を知ることが大切」と指摘。緑のダムを観念のみで考えてしまう“一人走り"を懸念し、土木工事が災害防止には必要だとも説明する。今回のいなまいニューススタジオは、伊那谷に甚大な水害をもたらした「三六災害」を検証しながら、森林の現状、役割について武田徹キャスターが北澤さんに聞いた。

北澤秋司さん
信州大学名誉教授。現在は伊那市西箕輪に山地環境防災研究所を開設し、研究を続けている。上伊那陸上競技協会長を務めるなど、文武両道の学者として有名。

日本の森林と川の現状を知れ
武田 緑を見直そうという動きが高まっていますが、森林の現状を北澤さんはどうみますか。
北澤 昨年できた「森林林業基本法」では、これからの森林は木材を利用する生産林に主眼を置くのではなく、森を社会生活、人々の幸せのために活用していこう、とうたっています。公益的な機能を生かした森林をたくさん造っていこう、というのが今の考え方なんですね。しかし、まず最初に、日本の森林は一体どんな現状に置かれているのか、ということを念頭におかなければいけないと思います。
武田 森林がダムの替わりになる、という話も聞かれますが、それを理解するには、日本の川の現状を知っておく必要があります。
北澤 日本の川は、大陸の川に比べて急流ばかりです。明治時代に洪水を抑えるため、オランダやオーストリアの河川技師を招きました。その技師に日本の川を見せたら「これは滝だ」と言ったんですね。いわば日本の地形(の厳しさ)は川の流れが代表しているとも言えますね。ここに川沿いで洪水被害にあった比率を、各国別に示したグラフ=図1参照=があります。日本はオランダに次ぐ洪水国です。それだけ激しい水が流れてくる。梅雨期や台風など大雨が降る機会も多く、日本の河川はたびたび、氾濫(はんらん)を起こすんですね。世界的にも「洪水氾濫国」であると言えます。

【図1】国別でみた川沿いの洪水被害比率。日本の河川では、51%が洪水被害に見舞われたことになる

土木工事と森林の成長が災害を防ぐ
武田 伊那谷の洪水といえば「三六災害」ですが、北澤さんも体験されたそうですね。
北澤 はい。しかし、飯田市の天竜峡では推定値ですが、昭和58(1983)年9月の台風10号による豪雨でも、昭和36(1961)年の三六災害とほぼ同じ量の出水があったと思われます。下伊那郡松川町宮ケ瀬では、三六災害の時の最大流量は毎秒2900トン。一方で昭和58年の台風10号では毎秒3500トンを記録しています〓図2参照。
武田 しかし、被害は三六災害の方がすごく大きかった。
北澤 三六災害の時は、土砂が流出して被害が出た。110人以上が犠牲になりましたが、みんな土砂によるものでした。しかし、台風10号では、土砂によるすごい被害がなかったわけです。
武田 ということは、三六災害の後に行われた治水・治山事業が、災害や被害を少なくしている、とみられますね。
北澤 そうです。徹底的に次の被害をなくそうと、治山、砂防工事を行った。それと当時の森林は、植林してから30年ほどで若かった。それが年月がたって、成長しました。土木工事もしっかり入れて、森林も成長した。その両面が、台風10号の災害では効いたのではないか。本当に効果があったかは、なおも詳細な検証が必要ですが、「土木工事が効いている」とは大方の人の見方ですね。
武田 伊那谷の地質では、広く花崗岩(かこうがん)が分布していますが、花崗岩とはどんなものなんですか。
北澤 地下深いマグマからできる地質なんですが、これは表面に出てきて、風化がとても早い。砂っぽくなり、雨に弱いわけです。従って、木が立っていても大雨が降ると、非常に山崩れが起きやすくなります。三六災害では恵那山から甲斐駒ケ岳に向かう帯状の地帯で、大雨が降りました。花崗岩が風化している地質の場所を横切った形です。
武田 伊那谷は実に脆弱(ぜいじゃく)な基盤のうえで、人々が暮らしているということですね。

【図2】天竜川で発生した洪水の最大流量を松川町宮ケ瀬で調査。昭和58年、平成11年には三六災害より多い流量を記録

環境にやさしい強力な自然を構築せよ
武田 後半は、森林の役割を説明してもらいます。まず、森林における水循環のメカニズムなんですが。
北澤 雨が降ると、森林は植物ですから蒸発散(じょうはっさん)〓図3参照〓します。また、木の根や土壌が受け止めた水は満杯になると、表面に出たり、土壌を伝わって川に流れ出します。概算なんですが、(森林で)蒸発散する量は降水量全体の40%、あとの残りが地下水になって川に流れるわけです。森林、耕地、草地、裸地それぞれの蒸発散量と、地下水となって川へ流れる量(流出量)の数値を比べると〓図4参照、森林では蒸発散量が多く、裸地では少ない。逆に流出量は裸地が多くて、森林が少ないことが分かります。ですから裸地よりも森林の方が、水をとらえる力がある。水をコントロールしてくれるんじゃないかと、期待を寄せるわけです。
武田 そこで、洪水のメカニズムなんですが。
北澤 (山の崩壊、洪水は)急峻(しゅん)な地形に反映されていますが、森林に何かを託したい。そうすると、保水能力の高い良い森林をつくりたいわけです。雨が降ってから流出するまでの時間差(タイムラグ)を広げることによって、たとえ洪水が起きても逃げる時間があるわけです。ところが日本のいろんな河川を調べてみると、森林が成長しているにもかかわらず、タイムラグは短くなっています。森林は、昔に比べて間違いなく良くなっているのに。
武田 何でタイムラグは短くなっているんですか。
北澤 それは人間の社会生活が近代化して、雨が浸透しない状況になっているから。道路の舗装などで、いたる所を浸透能力の低い場所に変えてしまった。そういう状況が影響しています。かつての災害とはメカニズムが違うわけです。一方で、森林は少しくらいの土石流は防ぐことができます。それらを期待し、森林をどのように造るかが今後の問題です。
武田 現在は脱ダムをはじめとして、ダムをなるべく造らない方向にあります。その中で森林保全も叫ばれています。一番肝心な点はどこでしょうか。
北澤 やはり森林をどう造るか、具体的な提案がぜひとも必要です。それと、良い森林であっても、山崩れや地すべり、土石流は発生します。従って、それらを防ぐためには、森林の力をちょっと補てんする土木工事も必要。その両方をうまく調和させて、新しい自然を造っていく。そういう考え方、技術が今後必要になると思います。環境にやさしく、しかも強力な自然を構築していく。日本の技術力なら可能だと思います。

【図3】蒸発散や地下浸透など、森林機能が水循環を支えていることが分かる

【図4】森林は降った雨を生きる力に変えて蒸発散させる。裸地はその多くをそのまま川などに流出してしまう


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