| 武田 |
伊那谷の洪水といえば「三六災害」ですが、北澤さんも体験されたそうですね。 |
| 北澤 |
はい。しかし、飯田市の天竜峡では推定値ですが、昭和58(1983)年9月の台風10号による豪雨でも、昭和36(1961)年の三六災害とほぼ同じ量の出水があったと思われます。下伊那郡松川町宮ケ瀬では、三六災害の時の最大流量は毎秒2900トン。一方で昭和58年の台風10号では毎秒3500トンを記録しています〓図2参照。 |
| 武田 |
しかし、被害は三六災害の方がすごく大きかった。 |
| 北澤 |
三六災害の時は、土砂が流出して被害が出た。110人以上が犠牲になりましたが、みんな土砂によるものでした。しかし、台風10号では、土砂によるすごい被害がなかったわけです。 |
| 武田 |
ということは、三六災害の後に行われた治水・治山事業が、災害や被害を少なくしている、とみられますね。 |
| 北澤 |
そうです。徹底的に次の被害をなくそうと、治山、砂防工事を行った。それと当時の森林は、植林してから30年ほどで若かった。それが年月がたって、成長しました。土木工事もしっかり入れて、森林も成長した。その両面が、台風10号の災害では効いたのではないか。本当に効果があったかは、なおも詳細な検証が必要ですが、「土木工事が効いている」とは大方の人の見方ですね。 |
| 武田 |
伊那谷の地質では、広く花崗岩(かこうがん)が分布していますが、花崗岩とはどんなものなんですか。 |
| 北澤 |
地下深いマグマからできる地質なんですが、これは表面に出てきて、風化がとても早い。砂っぽくなり、雨に弱いわけです。従って、木が立っていても大雨が降ると、非常に山崩れが起きやすくなります。三六災害では恵那山から甲斐駒ケ岳に向かう帯状の地帯で、大雨が降りました。花崗岩が風化している地質の場所を横切った形です。 |
| 武田 |
伊那谷は実に脆弱(ぜいじゃく)な基盤のうえで、人々が暮らしているということですね。 |
| 武田 |
後半は、森林の役割を説明してもらいます。まず、森林における水循環のメカニズムなんですが。 |
| 北澤 |
雨が降ると、森林は植物ですから蒸発散(じょうはっさん)〓図3参照〓します。また、木の根や土壌が受け止めた水は満杯になると、表面に出たり、土壌を伝わって川に流れ出します。概算なんですが、(森林で)蒸発散する量は降水量全体の40%、あとの残りが地下水になって川に流れるわけです。森林、耕地、草地、裸地それぞれの蒸発散量と、地下水となって川へ流れる量(流出量)の数値を比べると〓図4参照、森林では蒸発散量が多く、裸地では少ない。逆に流出量は裸地が多くて、森林が少ないことが分かります。ですから裸地よりも森林の方が、水をとらえる力がある。水をコントロールしてくれるんじゃないかと、期待を寄せるわけです。 |
| 武田 |
そこで、洪水のメカニズムなんですが。 |
| 北澤 |
(山の崩壊、洪水は)急峻(しゅん)な地形に反映されていますが、森林に何かを託したい。そうすると、保水能力の高い良い森林をつくりたいわけです。雨が降ってから流出するまでの時間差(タイムラグ)を広げることによって、たとえ洪水が起きても逃げる時間があるわけです。ところが日本のいろんな河川を調べてみると、森林が成長しているにもかかわらず、タイムラグは短くなっています。森林は、昔に比べて間違いなく良くなっているのに。 |
| 武田 |
何でタイムラグは短くなっているんですか。 |
| 北澤 |
それは人間の社会生活が近代化して、雨が浸透しない状況になっているから。道路の舗装などで、いたる所を浸透能力の低い場所に変えてしまった。そういう状況が影響しています。かつての災害とはメカニズムが違うわけです。一方で、森林は少しくらいの土石流は防ぐことができます。それらを期待し、森林をどのように造るかが今後の問題です。 |
| 武田 |
現在は脱ダムをはじめとして、ダムをなるべく造らない方向にあります。その中で森林保全も叫ばれています。一番肝心な点はどこでしょうか。 |
| 北澤 |
やはり森林をどう造るか、具体的な提案がぜひとも必要です。それと、良い森林であっても、山崩れや地すべり、土石流は発生します。従って、それらを防ぐためには、森林の力をちょっと補てんする土木工事も必要。その両方をうまく調和させて、新しい自然を造っていく。そういう考え方、技術が今後必要になると思います。環境にやさしく、しかも強力な自然を構築していく。日本の技術力なら可能だと思います。 |