2001年9月8日放送
問われる公共事業
多自然型工法の州づくり(3) スイスの河川改修
環境先進国からのレポート(3)武田徹
河畔林、田園地帯も含む大ビオトープ空間
トゥール川 平堤防に見る川との共生思想 農地を遊水池として共用
農地を遊水池として共用しているトゥール川の平堤防
トゥール川はチューリッヒ州の田園地帯、アンデフィンゲン村を流れる川である。驚いたのは、かなり幅のある河畔林帯と、川の両側に広がる田園地帯とが、実は堤防内だと知った時である。私たちが持っている堤防のイメージとは、大きくかけ離れ過ぎていたからだ。
トゥール川の流れは幅30メートルほど。その倍ぐらいの河原の両側には河畔林が広がっている。通常だと、その河畔林の外側に高い堤防が築かれている。日本の河川は、ほとんどがそうだ。だから、堤防はかなり高く築かねばならない。50年に一度、100年に一度の洪水を想定しているからである。
豊かな河畔林がつづくトゥール川
ところが、トゥール川の場合は、川幅の何百倍もある広大な田園地帯が、いわば河川敷である。
ゆったりとした傾斜を持つ田園の端に、わずか高さ数十センチほどの堤防が築かれているだけだ。堤防という概念とはほど遠い。100年に一度の水害のために、景観を阻害し、何より川自体の生態系に悪影響を与える高い堤防を築いてしまえば、自然と共生できない、という思想が根づいてきているのだ。
100年に一度の大洪水に効果を実証
護岸にワイヤーで固定された倒木(トゥール川)
トゥール川は、田園地帯、河畔林、そして河原を含めた、大きな大きなビオトープ空間でもある。このような形を持ったものを平堤防(ひらていぼう)という。農地を洪水時の遊水池と共用しているのである。この平堤防は一昨年、その効果を実証した。
100年に一度という、大洪水がおきたのである。が、この平壌防が満水となり、巨大な貯水池の役割を果たしたため、下流の都市部は洪水を免(まぬが)れたのである。冠水した農地には、上流部から栄養に富んだ土が運ばれ、一石二鳥の効果もあった。作物への影響は被ったものの、「その程度は我慢しよう、100年に一度あるかないかの冠水なのだから」というのがスイスの人々の共通認識になっている。
川を最小限にまで狭くし、田畑や道路、さらには住宅まで作ってしまう日本との最も大きな河川との付き合い方の落差がここにある。
そのトゥール川も、かつては護岸をコンクリートで固め、流れを閉じ込め、人間の力で川を封じ込めようとした歴史があった。が、景観、生態系、そして、洪水対策のすべての面を考慮した結果、勇気を持ってそれを壊し、現在のような平堤防に改修したのである。住民の大きな協力があったのは言うまでもない。
スイスとは地形の異なる日本の川を同列に考える気は毛頭ない。しかし、日本では川の果たすプラス面の役割が不当に過小評価され、洪水面のみを過大に宣伝され過ぎたきらいがない訳ではない。
川とどう付き合うかを、私たちは真剣に考えるべき時代に突入している。トゥール川の平堤防はその良い見本である。
多自然型川づくりの世界的モデル ネフバッハ川に学べ
生態系修復と景観回復を目指し
水草がゆれるネフバッハ川の美しい流れ
=写真撮影・中山和哉さん(飯田市)福沢敏さん(東京都)=
ネフバッハ川はチューリッヒ州の美しい田園地帯を流れる小川である。近くのネフテンバッハ村がそうであるように、スイスの村々、それをとりまく田園風景は実に美しい。そこに住む人々の、景観に対する美意識の反映でもある。私たち日本人が、自分の家の庭を美しくするような目線と行動によって、この美しさは保たれている。
つまり、自分の家、自分の土地、自分の田畑はすべて公共のもの、みんなのもの、という教育が徹底されているのである。
当然、そこを流れる小川にも最大限の配慮がなされている。1970年代、農地の区画整理が行われたネフバッハ川も、当初は直線的で、周囲の農地から流れ込む肥料のため、水質が悪化した。日本の三面コンクリート張り河川と同様な問題をかかえていたのだ。
そこで、1980年代に入り、チューリッヒ州の建設局は、このネフバッハ川の生態系修復と景観回復を目指し、多自然型工法による二次改修を実施したのである。
二次改修で自然が戻ったネフバッハ川
動植物の生息環境を豊かにするため、小川の流れに変化をもたせ、岸辺には浸食を防ぐために在来種の濯木を植え、水生植物による自浄作用を増大させるなどさまざまな工夫を凝らした。工事費をなるべく低くするために、樹木以外は一切の材料を持ち込まず、また持ち出さずに施工をした。
この結果、貴少種であるカワトンボが戻り、マスも5倍も多く生息するようになったのである。ネフバッハ川の景観は、実に川らしい川の風貌(ぼう)を持っている。一見、人間の手が加わったとは思えない自然さがあり、心が和まされた。
一般にスイスの河川改修には、土木工学の専門家のほかに、生態学専門家、さらに芸術家も加わり、三者が一体となり河川の改修を行っている。
川は単に水が流れる場所ではない。豊かな生態系をはぐくみ、美しい景観で私たちの心を癒(いや)してくれる。洪水対策のみに心を奪われてきた私たちの川に対する考えを、環境の世紀といわれる今こそ、軌道修正すべきである。
「いい子は川では遊ばない」という標語ほど、川に対して不健全な思想を持たせるものはない。川は、子どもたちが身近で遊べる最高の教室なのだ。幸いにして、40代以上の大多数の大人たちは、かつてどこにでもあった自然豊かな川を知っている。その川で多くの事を学んだ体験を持っている。そんな大人たちが、河川を蘇(よみがえ)らせる原動力となるべきである。世論を高めるべきである。21世紀を生きる次世代のために。
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